覗き込めばそのまま引きずりこまれていく

































出稽古が終わるとすぐ、弥彦は仕事があるとかで先に引き揚げていった。
「慌てて転ばないでよ」
背中に向かって声を投げると、
「一緒にすんなッ」
即座に返される。
人が親切で言ったことに対して、と肩を怒らせたが、言い返したくとも当の本人は既に道場を出て行ってしまったし、周囲の門下生が笑いを噛み殺していることに気付き、薫は言葉を飲み込んだ。



「全く弥彦ったら・・・」



ここが出稽古先でなければ大声で怒鳴り返しているところだ。
むかむかした気持ちと決まり悪さがごっちゃになり、誰に言うともなく零した。
荷物をまとめ、道場主に挨拶してから帰ろうとした時、数人の若者に声をかけられる。

「薫さん、今日もありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ」

笑顔で応え、しばらく今日の稽古について話が続く。
年少組の少年から声をかけられたのはそんな時だった。
「薫さん、緋村さんが見えましたよ」
振り向けばそこには両手に荷物を持った見慣れた姿があった。
「剣心、どうしたの?」
道具を抱え、赤毛の剣客の元に駆け寄る。
そんな彼女に目を細め、剣心は口を開いた。
「何、ちょうど近くを通りかかったゆえ・・・もう稽古は終わったのでござろう?」
「うん、剣心も買い物の帰り?」
彼が頷くのを見て、薫の顔が綻(ほころ)ぶ。










「じゃあ一緒に帰りましょ。私ももう帰るところだから」

そして道場主や唖然としている門下生に向かって礼をすると、二人並んで歩き出した。
薫の荷物を持つ、持たないの問答の後、剣心が半ばひったくるようにして荷物を担ぐ。










済まなそうに礼を言い、薫が思い出したように切り出した。
「そういえば、この前もちょうど終わる頃に来ていたわよね」
「そうでござったか?」
「そうよ。ここのところ毎回」
「おろ、迷惑でござったか?」
「ううん、実を言うとね、ちょっと助かったの。いつも稽古が終わるとよくそこの門下の人に話しかけられるんだけど、話が長くなることがあってね」

ただね、と薫は続けた。

「同じことが何度も続くと、意図的なものとしてとられちゃうかも」
意図的、と同じ単語を剣心が繰り返すと、こくりと頷く。
「早く帰りたいから剣心が迎えに来てくれるようにしているとか・・・ほら、そうすると私も自然と一緒に帰るし。剣心が帰り際に来るのは本当に偶然なのにね」
剣心は道具を担ぎ直しつつ、小さく笑った。
「確かにそう思われても仕方のないことでござるな」
でも、と同じ笑みのまま続ける。



「そう思わせておいたほうが都合がよいこともある」
「え?」



若干低い声音になり、薫は首を回して彼を見たが、そこにはいつもと変わらぬ穏やかな紫苑があった。
「さて、家に着いたらまずは風呂の支度でござるな。出かける前に火を入れたから、もう一度焚き直せばさほど時間はかからぬよ」
「う、うん」
肩を並べて歩きながら、薫は隣の男を盗み見た。










       いつもの剣心よね。










どうも一緒にいても何かしら違和感を感じる。
別に二人の間に何かあったわけではない。
むしろ日を追うごとに二人の間は親密になっていると言ってもいい。
家にいる時は当たり前のように二人一緒に寄り添い、薫が出かけるときには必ず剣心もついてくる。
「ちょうど拙者も出かける用事があるのでござるよ」
そう言いつつも結局薫と一緒に過ごしている。
だがさすがに毎回ついてこられると薫も辟易(へきえき)してしまい、一度本人に問うたことがある。



何故ついてくるのかと。



すると剣心は口元に笑みを乗せて言った。



薫と一緒にいたいからだ、と。



普段滅多にはっきりとしたことを口にしない剣心だったから、言われた時は天地がひっくり返るかと思うほど面食らった。
      実際は真っ赤になって固まった薫が、数秒後にやっとのことで「そ、そう・・・」と答えたのだが。










剣心と一緒にいられるのは嬉しい      それは事実だ。










気付けば隣に剣心がいる。
薫が緊張しない程度に距離を置き、いつもと同じように笑いかける。
いつだって心を砕き、薫が嫌がることは何もしない。
閨(ねや)の中でも、薫が乗り気でない時にはただ彼女の体をやさしく抱きしめるだけ。

こうして思い返すと、剣心に全く非はない。



私は一体何が不満なの?



先ほども剣心の姿を認めて、胸が弾んだ。
だが、二人だけになると暗く澱(よど)んだ何かが薫を支配する。
ちらりと隣の剣心を盗み見るとその視線に気付いたのか、首を傾げてこちらを見やる。
薫にのみ向けられるその瞳は、特別な光を宿していた。
その瞬間だけは霧が晴れたように薫の心も軽くなるのだが。










      そう、瞳だ。










たまに彼の瞳から光が消える。
顔は綻んでいるのに目が笑っていない時があるのだ。
そういう時は決まって薫をそばに置きたがる。

別にいいじゃない、私だって剣心と一緒にいたいんだから。

それならばこの不安は一体なんなのか。
光を失った紫苑の瞳を思い出し、ぞくりとした。
不安、というより恐れに酷似した感情が薫に押し寄せる。



きっとこんなにも剣心と同じ時を過ごしているから慣れていないだけよ。



そう自分に言い聞かせているが、気持ちは晴れない。
「薫殿?」
黙り込んだ薫を不審に思ったのだろう。
はっとして彼を見るが、じっと見つめる眼差しがやけに重く感じる。
「ごめん、稽古の後だから疲れているのかもしれないわ」
さりげなく視線を外したが、剣心の視線が全身に絡みつくのを感じていた。
      左様でござるか」
それきり二人は黙り込んだ。
道場に着くまでの間、手すら繋いでないのに、何故か剣心にがんじがらめにされているような感じで、息苦しかった。




















剣心と共に過ごす毎日。
ずっと望んでいたことなのに、それが段々苦痛に変わってきたのはいつだったか。
だから、彼が急に警察に呼び出されて出かけたときは申し訳ないと知りつつも安堵した。




















「・・・・・帰りは夕方かしら?」

警察に呼ばれればすぐには戻れまい。
ちょっとだけなら、と薫は巾着を下げて軽い足取りで外へと出かけていった。
別に特別な場所に出かけるわけではない。
出稽古の時によく通る道や、川原、お気に入りの小物屋をひやかすだけだ。
行き慣れている所でも、一人で行ってみるとずいぶん気持ちが違う。

気付けばいつも剣心がそばにいる。

「そばにいる」というより、彼の気配を「感じて」いる。
席を立っても彼の視線が追ってくる。
それは包まれているというような温(ぬく)いものではなく、束縛に近い。



だが今は全く感じない。



普通なら気持ちが沈んでもおかしくないのに、これほどまでに清々しい気持ちになるとは思わなかった。
剣心に対する後ろめたさがないわけではないが、薫は文字通り羽を伸ばした。










      いつの間にかかなり時間がたっていることに気付いたのは、肌に触れる空気が冷たくなったのを感じたからだ。










「いやだ、もうこんな時間」
慌てて踵(きびす)を返し、家に向かう。
剣心が帰ってくるまでには戻れるだろう。



何事もなくそのまま戻っていれば。



薫が足を止めたのは道に出て素振りをしている少年を見かけたからだ。
「・・・弘明君?」
出稽古先の門下生である弘明は弥彦と同じ年齢だった。
彼は自分が呼ばれたことに気付き、そして誰に呼ばれたかが分かると、ぱっと満面の笑みが咲く。
「薫先生!こんにちは!」
無邪気に駆け寄ってくる弘明の手には竹刀が握られており、彼の顔に伝う汗が今までの努力を物語っていた。
「こんにちは。頑張っているわね」
少年と目線を合わせて、にこりと微笑む。
弘明は照れくさそうに頭をかいた。
「僕、まだ入門したばかりだし。それにこの前薫先生が来てくれたとき、弥彦に一本とられちゃったからね」

だから今度は負けないって伝えておいて、と鼻の穴を膨らませる弘明がおかしくて吹き出した。
吹き出された側は同然の如く憮然となる。

「ひどいや、薫先生!」
「あははは、ごめんごめん!お詫びに弘明君の稽古に少し付き合うわ」
「本当!?」
一変して目を輝かせる様はまだ子供だ。
「よし、まずは素振りから!」
「ええ〜、それ、さっきもやったよー」
「素振りを馬鹿にしないの!ほら、構えて」



ぶちぶち不満を漏らしながら、それでも「薫先生」に手ほどきをしてもらうのが嬉しいのだろう。
弘明は素直に構え、勢いよく竹刀を振った。



何度か同じように振ると、薫から指導が入る。
指摘された所を直すと、弘明の動きが良くなっていく。
目に見えて分かる嬉しい変化に、薫の指導にも熱が入った。










時間の感覚などとうになくなっていた。










「薫殿」
恐ろしいほど静かな声が鍔鳴りと重なった。



「家に戻ったらいなかったゆえ・・・もう日が暮れる。そろそろ帰らねば」



視界に映るは、これまた静謐(せいひつ)なる瞳で見つめる男の姿。
剣心、と声をかけようとしたが一瞬早く弾んだ声が響く。
「あ、緋村だー!」

この町で剣心のことを知らぬ者はいない。
殊に子供達の関心は常に彼に向けられているといってもいい。

「こんな時間まで熱心でござるな」
子供相手に呼び捨てされても剣心は気を悪くすることなく、一言告げる。
へへ、と鼻をこすり、
「今、薫先生に稽古してもらったんだ。緋村も稽古つけてくれよ」
「弘明君、今日はもう」
遅いから、と続けようとした言葉は剣心に腕を捕まれたことで行き場を失った。



「お主もそろそろ戻らねば親が心配する。拙者らはもう帰るゆえ」



そして弘明の返事も聞かず、薫の腕を掴んだまま歩き出した。
「え、ちょっと・・・」
引っ張られながら後ろを見るとぽかんとした表情の弘明が取り残されている。
止まろうとしてもそれすら許されぬ空気が剣心の周りを囲んでいた。
また今度、と声を張り上げるのが精一杯だった。




















弘明の姿が見えなくなってから薫は心の中で剣心に問うた。

      なぜあの場所からすぐ立ち去るの?
      剣心だって励ましの言葉をかけたじゃない。
      なら稽古とまでいかなくとも、もう少し彼に付き合ってもいいと思うけど・・・・・




















剣心も薫が何を言いたいか気付いているはずだ。
しかし何も言わせぬよう、見えない力で押さえつけられる。
痛いほどの沈黙の中、薫はただただ彼の後を付いていくことしか出来ない。
だから、家が見えた時には安堵した。
生まれ育った家の中に入れば、この息苦しいほど張り詰めた空気も少しは和(やわ)らぐと。



それが見解違いだと思い知ったのは彼に急かされるようにして家に入り、背後で玄関の戸が閉じられる音を聞いた後。



ほ、と息を吐いた刹那、男の腕が少女の体に絡みつく。
      !?」
いつもより強く抱きしめられ、僅かに眉根を寄せた。
だが剣心は力を緩めることはせず。
「どうして外などに出た?」










どこに行っていたかではなく、問われたのは出かけた理由。










「拙者は一時でも薫殿から離れたくはないというに・・・何故薫殿は離れようとする?」
言葉の裏に隠された彼の真意を思案したその一瞬が、薫には後悔を、剣心には更なる独占欲を与えた。
「ずっと一緒にいてくれるのでござろう?ならば拙者から離れてはならぬよ」
剣心の声音に怒りの色を感じ取り、わざと朗らかに言ってのけた。
「や・・・やぁね、離れたくないのは私だって同じよ。だけどほら、今日は剣心も出かけちゃったし出稽古の予定もなかったから」
「一人で外に出たら男であれば誰でも薫殿に近付こうとする      先ほどのように」
「先ほどって・・・弘明君のこと?」

真顔に戻る。
弘明は確かに男だが、いくらなんでも考えすぎだ。

「もう何考えてるのよ!弘明君はまだ子供よ?」
「『女』に興味を示すのに年齢は関係ない」
「だからって・・・!」
あまりに飛躍した内容にさすがに目を剥いた。
内容もそうだが、思慮深い剣心がこんなことを言い出すこと自体信じられない。
だが首だけ回して当の本人を見やれば、今にも爆発しそうな感情を押さえ込むように歯を食いしばっている。



      剣心」



そっと彼の腕に己の手を重ねると、びくりと反応する。
「黙って出かけてごめんなさい。今度は二人で行きましょうね?」
安心させるようにやわらかく微笑む。
剣心は見惚れたようにしばらく注視していたが。










「・・・・・そうやって薫殿はいつも拙者から逃げていく」










先ほどよりも腕の力が増し、薫は堪えきれずに悲鳴を上げる。
「剣心、苦し・・・ッ」
すぃ、と拘束する力が弱くなった。
深呼吸をして何か言おうとしたが、
「!」
剣心の手が、薫の体の線を確かめるように蠢く。
「け、けん・・・・んッ」
慌てて彼の手を押さえたが、耳朶を舐められた隙に剣心は難なく薫の制止を振り切った。
「待って、どうしてこんな」
「『どうして』?」
剣心が耳元で囁いた。



「そういうことを聞いてくるうちはやはり薫殿は分かっておらぬよ」



問い返そうとした薫を無視して、身八つ口から剣心の右手が侵入する。
そして左手は裾を割って隠された園に的確に辿り着く。
「や、やめて!」
少しささくれだった手が直に肌に触れているのが分かる。
そうなるとこれから何をされるかなど、容易に察することが出来よう。










薫の危惧したとおり、彼の両の手は少女の抵抗を嘲笑(あざわら)うかのように妖しく動く。
右手は女性特有の膨らみを揉みしだき、左手は内股をさわさわと撫でる。










「いやぁ剣心・・・」
突如始まったそれは少女にとって初めてではないが、場所が玄関先であること、そして己の視界に愛しい男の姿が見えぬことに恐れを抱き、薫の声が震えた。
彼女の黒瞳から雫が溢れ出ても剣心はそれを舐めとるだけで愛撫を止めることはない。
「嫌?拙者はいつだって薫殿を欲しているというに」
硬くなった男の部分を押し付けられ、薫の頬が紅潮する。

「薫殿は欲しくないと?」

彼しか知らぬ部分に指が入り込むと、
「ああッ!!」
薫の体がしなるのを満足げに見やり、剣心は指を動かす。
「いや、いやぁ!!」
剣心の手を押さえ、何とか行為を止めようと薫は首を横に振る。
が、与えられる快感をやり過ごすことは出来なかった。
「・・・んぁ!はっ、あぁん・・・・・も、やめ・・・!」
「まだそういうことを言うのでござるか」
指を引き抜き、右手の動きを止めると、薫の膝が落ちる。



が、寸でのところで剣心に支えられ      そのまま押し倒された。



固い床の感触に顔をしかめたがそれどころではない。
目の前には剣心。
体重をかけられているため、逃れることは出来ない。
「いや・・・こんなのいやよ・・・」
泣きながら懇願しても彼のはちきれんばかりの欲望は少女の涙さえ己の糧とする。
濡れた頬に触れた手が酷く熱い。




















「俺と同じくらい薫も欲して」




















後は何を言っても彼を悦(よろこ)ばせるだけだった。
十分に受け入れる準備が出来ていないままで挿入され、痛みを訴えても剣心は腰を送り続けた。

決して流されまいとしていたが、塞がれた唇から零れ落ちるような甘い吐息や火傷しそうな彼の熱に、薫の決意は呆気なく崩壊する。

やがて呼応するように薫の中が潤ってくると剣心は嬉しそうに笑い、体位を変えて何度も貫いた。
その度に絶頂を迎え、抗う体力も奪われた。
それでも剣心はぐったりとした少女の体を抱きしめ、その名を呼ぶ。

いとおしげに、狂おしげに。










まるで巨大な渦に巻き込まれているみたい。










周りの景色が自分の動きに合わせて揺れるのを見ながらぼんやりと考えた。
激情を隠そうともせず無体を働く剣心は、薫を欲していると言うより憎んでいるようにも思えた。

一人では生きていけないようにした薫を。

だから渦巻く己の中に薫を引きずり込むのか。















ああ、何て汚い。

それは剣心のことなのか、それとも自分のことなのか      どちらとも分からないまま薫は目を閉じた。















【終】

感謝処



木本 実桜(きのもと みお)様様よりキリリクいただきました!
八月に申告していただいて出来上がりが十月・・・・遅筆でスミマセン;

リク内容は、
「シリアスで鬼畜緋村氏嫉妬もの・・・・どろどろとした感情を薫殿に抱いていればいい!!」
「普段穏やかだけど、本来の激情家の一面をみせて欲しいです」
とのこと・・・むむ、単にねちっこいだけになってしまったような気もしないでもない(悩)
こ、これでも鬼畜を目指したんですよッ
どろどろした感情というより既に歪みまくった緋村氏がここにいます(爆)
あ、でも薫殿を無理矢理・・・というシーンは書いていてちょっと楽しかったり( ̄ー ̄)ニヤリッ
ここから先が書けないからσ(^◇^;)は鬼畜にはなりきれないらしいです←と何気なく言ってみる

タイトル&内容はポルノグラフィティの同名の曲「渦」より拝借。
書き進めていくうちに何となく「渦」を思い浮かべ文中で使い、更に歌詞を調べたらアラぴったりという嬉しい結果が(゚∀゚)
ちなみに背景画像は自作です。
渦の写真で「これは!」というものがなくて・・・
実はコレ、コーヒーを入れた鍋を撮影し、その写真に適当に色をつけて渦加工したものだったりします。
やー、加工って便利だ(笑)



実桜様、九万五千打申告&リクエストいただき、ありがとうございました!



※身八つ口というのは着物の脇下のあいている部分のことです。