今日も、師範でもある母さんからの、厳しい稽古から解放された。
六つの歳になって、ようやく僕も神谷活心流の門下生になってから、大分稽古にも慣れて来た。そんな稽古に勤しむ僕を、父さんも母さんも応援してくれている。
「はい!今日の稽古は、ここまででお終いです!明日も、厳しくしますから心得ておく事。良いですね?」
そう言う師範の母さんの声に、
「は〜い!」との声と、「え〜?」との門下生達の声が入り混じる。
「では、解散!」
「はい!薫先生、お疲れ様でした!」
「また明日ね!」
明日も、厳しい稽古なんだな…。子供心に、そう思った。でも、明日も精一杯頑張ろう…。
これは、今にも雨が降りそうな正午近くの出来事だった…。
〜虹〜
雨が降りそうな街中を、稽古が終わった僕達は街中を歩き河原へ向かっていた。
稽古が終わってからは、友人達と夕陽の頃まで遊ぶ…。それが、日課となっている。
だが、今日は厚い雲が垂れ込めているから、夕陽はのぞめそうにない。
「剣路、今日は何して遊ぼうか?」
「う〜ん…。そうだなあ…。鬼ごっこしないか?」
「あ、いいなあ…!私も混ぜてよ。剣路君!ね。良いでしょう?」
数人の親しい友人達と話をしているところへ、千鶴が声をかけて来た。
千鶴とは、家が近くでもあり、生まれながらの付き合い。一緒にいて、とても楽しいんだ。
そんな中…。
「おい、剣路。お前の父ちゃん、昔京都で、夜危険な仕事をしていたんだってな」
門下生のうちの数人が、僕にからんで来た。元より、僕の事を快く想っていなかったのは知っていた。幕末の京都を揺るがした最強の剣客だった父さんと、神谷活心流の師範でもある母さんの両親から生まれた僕は、血筋と言うべきか、生まれながらにして飛天御剣流の幾つかの技を、体現出来る程の力を持っていた。
それは、特に父さんを驚かせていた。
僕の頭にぽん…と軽く暖かな大きい手を置いて撫でてくれた父さんの言葉は、重い響きを持っていたのを思い出していた。
「この歳で…。見るだけで、数々の技を体現出来るとはな…。だがな…。剣路。飛天御剣流は、沢山の人達を悲しませてしまう剣だ。分かるな…?お前は、母さんの神谷活心流で、お前の瞳に映る人達を守るんだ…。良いな?」
「うん…」
何だって?それを…。誰から、聞いたんだ?
父さんは、日本の時代を変える為に命を賭けて、剣を沢山の人達と交えて闘った。それは、母さんからも、弥彦さんからも聞いている。
何だって、そんな風に伝わっているんだ…?
そんな想いが湧き上がった瞬間…。僕は、近所の門下生の子達へつかみかかっていた。
「何だって?もういっぺん、言ってみろ!父さんの事を、悪く言いやがって…!」
「おい、剣路やめろって…!」
「剣路君…!誰か来て…!」
街中には、「何だ…?」と言う声と共に、沢山の人だかりが出来ていた。
つかみかかったのは良いものの…。近所の門下生の子達に僕の力が叶う訳はなく、僕は逆に怪我を負ってしまった。痛々しい姿を見た友人達と千鶴は、僕に声を掛けてくれた。
「剣路…。すごいよ、お前。あいつらに、つかみかかって行くなんて…」
「そうよ。剣路君…。すごく勇気のいる事なのよ」
そこへ、浦村署長がやって来た。
「おや、剣路君…。怪我を負ってしまった様だね。何か、あったのかな?」
僕は、事の顛末を署長さんに話した。
「そうか…。剣路君の気持ちは、良く分かったよ。明らかに、悪いのは話を仕掛けて来た子達だね。お父さんの事を悪く言われて、黙ってはいられなかったんだろう?」
「はい…」
「君は、本当に強くて潔い子だね。しかも、人を守る思いやりを持った子に育っている…。
さすが、緋村さんと薫さんの血を引いているだけあるなあ…。誰かの為に守りたいと言う気持ちは、本当にお父さんにそっくりだよ」
君は、お父さんにそっくりだね 。
そう言われたのは心に響き、とても嬉しく感じた。ようやく、一人の剣客として認められた様な気がして…。
「じゃあ、家に帰ったらきちんとお父さんと話さないとな…」
「はい…」
「君達、気を付けて家に帰るんだよ」
署長さんはそう言うと、手を振りながら笑顔で街中を歩いていった。
そこへ、署長さんと入れ替わる様にして…。
「ん?剣路…。その怪我はどうした?」
話にのぼっていた人物でもある父さんが、買い出しから帰る途中、僕達と逢った。
「あ…。おじさん、こんにちは」
「ああ…。こんにちは。今日も、鬼ごっこか?気を付けて遊ぶんだぞ」
「ううん…。今日は、もう遊びは終わったんだ。今日は、もうお家に帰るところなんだよ。そうだよね。剣路君」
「う、うん…」
「じゃあ、また明日ね〜」
「また、遊ぼうな!」
「うん、また明日…」
そう言って笑顔で手を振る僕を、父さんは何も言わずに見つめていた。
買い出しを終えた父さんと、友人達と千鶴と別れた僕は、家に帰る間無言で歩いていた。
父さんは、事の顛末を署長さんから聞いていた。
その時間は、本当に長く感じたなあ…。
そのうち、厚い雲から少し雨が降り出して来た。
先に口を開いたのは、父さんだった。
「剣路…。お前は、何の理由も無くつかみかかる子ではないとは思っているが…。何があったんだ?」
このお話…。父さんにしても、良いのかな?父さんが、傷付くかもしれないのに 。
そんな考えが、頭をよぎった。だけど…。まわりの人達の感情に鋭い父さんに、理由を隠し通せる訳もなかった。
僕は、父さんに訳を少しずつ話しだしたんだ。
「…門下生の子達に、言われてしまったんだ。お前の父ちゃん、昔京都で、夜危険な仕事をしていたんだってな…って。でも、父さんは新しい時代を作る為に、命を賭して剣を沢山の人達と交えたじゃないか!父さんは、その事を重ねて行く度に、心に苦しさと悲しみを募らせて行ったんでしょう?父さんの事を悪く言われて、僕、悔しくて…!」
涙を流して心情を吐露した僕は、暖かい温もりに包まれていた。
父さんに抱きしめられて、頭を撫でられていたんだ。
あの大好きな、大きくて優しい手に…。
「ありがとう…。剣路。お前は、父さんを守ってくれたんだな…」
瞬間、僕は涙が止まらなくなり父さんに抱き付いて、堰が切れたかの様に泣き出した。
父さんは「よしよし…」と言いながらも、幾度も僕を抱きしめて、頭を撫でてくれた。
ようやく泣いたのが落ち着くと、僕は父さんと久しぶりに手を繋いで家に向かっていた。
父さんの手は、やっぱり大きくて暖かい。
僕も…。父さんの様に、この瞳に映る人達を守れるのかな?これからの時代は、剣客ではなくなってしまうけれど、僕に出来る事で…
「ねえ、父さん」
「ん…?何だ、剣路」
「僕…。なれるかな?父さんみたいに強く、この瞳に映る人達を守れる位に…」
「ああ…。もちろんなれるぞ。だが…。飛天御剣流は、教えないからな…」
言われるとは、思ってはいたけれどね…
「じゃあ、飛天御剣流ではなく、やっぱり、母さんの神谷活心流で強くならないと、だね」
「ああ…。母さんの神谷活心流は、今はこの世にはいないけれどお前のお爺さんから伝わっている剣術…。この瞳に映る人達を守るには、今の時代にはとてもふさわしい剣術だと思うのだが…。剣路。そう、想わないか?」
父さんの考えは、不思議と僕の心に入って来る。
「…うん。僕も、そう想う」
「じゃあ、明日も早速稽古に勤しまないとな…」
「うん。母さんの、厳しい稽古が待っているけどね」
父さんと二人で顔を見合わせると、笑顔で吹き出してしまった。
「さあ、母さんが心配する。家に帰ろう」
「うん、そうだね…」
やっぱり、父さんはとても強くて大きい。僕にとっては、憧れの存在だ 。
「父さん。僕は大きくなってからも、この瞳に映る人達を守るよ。父さんみたいに…。その人達の中には、父さんも入っているからな!」
少し驚いた父さんは…。
「それは…。心強いな。父さん並に、強くなった剣路を見る時が楽しみだ…。父さんも、長生きしないとな…」
と、笑顔で答えてくれた。
そんな父さんと、僕のようやく晴れた心を現わして来たかの様に 。
いつの間にか雨は上がり、雲間から太陽の光が差し込んできた。
「あ…。虹だ!父さん、大きいね…」
「ああ、そうだな…。こんなに大きい虹は、久しぶりだ…。虹を見たら、何か良い事が起きるかもしれないな」
「じゃあ、大きくなったら僕が父さんみたいに強くなれるかもしれないね!」
「ああ!」
再び、父さんと僕は家へ向かって歩き出した。家では、母さんが夕餉の下ごしらえにきっと悪戦苦闘している事だろう…。
でも…。
こんな風に、男同士で話をしながら帰るのも良いものだよな…。
僕が、父さんが言っていた「昔の元服の歳」になったら、千鶴を紹介しようかな…。
きっと、父さんは吃驚するかも…。それとも、喜んで「良かったな」と言ってくれるかな?
母さんもきっと、「若い頃の私にそっくりね!」と笑いながら言いそうだ…。
千鶴、見かけも性格も、母さんに似ているからなあ…。
父さんが母さんの事を大好きな様に、僕の好きな女性の性格も、姿も、本当に似ているから…。
れっきとした、父さんの息子だよな…。と、想ってしまう。
その頃にはきっと…。まるで親しい友人の様な関係の父子になっているのかもしれないな。
僕が「昔の元服する歳」となっても、父さんに対する憧れは…。
きっと変わる事は無いだろう…。
いつの間にか青空となった空には、大きな虹が架かっていた。
これからの僕に、まるで「頑張れよ…」とでも言うかの様に…。
歩き出したその瞳へ…。終わらない未来を捧げよう 。
【終】
<満月様よりあとがき>
これは、アニメ版るろうに剣心の映画「維新志士への鎮魂歌(レクイエム)」の主題歌より小説タイトルをお借りしました。
主題歌の雰囲気が、まるで「少年よ…。大志を抱け」と言っているかの様に感じられたので、その歌を元にして今回はお父さんになった剣心と、少年剣路の父子関係を取り上げて見ました。
るろうに剣心(明治剣客浪漫譚)最終幕では、剣路はお母さん大好きであるもお父さんは嫌いだという点が少し引っかかってしまいまして…。
でも、実はお母さんと同じ位にお父さんも大好きではあるけれど、素直になれない…。と思っています。
弥彦とのあの打ち合いの場面をお母さんに抱っこされながら見てからは、それまではなかなかお父さんに打ち解けられなかったものの、お父さんの真の強さを目の当たりにしてからは少しずつ憧れと共に、打ち解けられる様になっていったのかな…。と言うのが今回の妄想を膨らませて考えた剣路視点の小説だったりします。
それにしても…。
次世代(特に剣路)を主人公としてお話を進めるのは、難しいな…。と改めて感じました。でも、新鮮な気持ちで書く事が出来て満足しています。
今回も、るろうに剣心(次世代)小説を書く事が出来て良かったです!
満月
満月様から小説をいただきました!
報告いただいたメールには「σ(^^)に読んでほしい」とありましたが、もうこれは宿に展示ってことでいいですよね!?と半ば強引に頂いた作品だったり・・・
の脳内は自分に都合のいいように解釈する機能がついてますんで!←コラ
今回は剣路目線で書いていただきました。
満月様のあとがきにもありましたが、
「実はお母さんと同じ位にお父さんも大好きではあるけれど、素直になれない」
「お父さんの真の強さを目の当たりにしてからは少しずつ憧れと共に、打ち解けられる様になっていったのかな」
きっと同じように感じられている方も多いのではないかと思います。
そんな言葉を裏付けるように、今回の作品は父と息子のふれあいが温かく書かれています。
何とか自分の気持ちを伝えたくて、言葉を探しながら一生懸命語る剣路をやさしく見下ろす剣心。
なかなか貴重な父親としての剣心を見せていただきました。
なお、σ(^^)が一番ツボったのは剣路のこの独白。
「僕が、父さんが言っていた「昔の元服の歳」になったら、千鶴を紹介しようかな」
六歳児にして既に生涯の伴侶を決めているなんてっ
この
お ま せ さ ん ( ´ ∀`)σ)Д` )プニ
父親のために立ち向かう健気な姿と年相応に涙目になる姿と、剣路のいろんな面を見せていただきました。
満月様、ありがとうございました!
客室