月よ、
恋しさに涙する娘の心を照らし出せ




その日、日暮れ時。
風呂を先に済ませた薫が、剣心を呼びに縁側へ出た。

「剣心、お風呂どうぞ。 何をしているの?」
「薫殿、いや、別に。」

庭先に下りて、西の紺色をぼんやりと見つめる剣心が答えた。
「ただ、月を見ていたよ。」



細い細い二日月。針のように、剣のように…



「綺麗ね。」
「ああ。」
「まるで逆刃刀のようだわ。」
「え?」
「穢れていない、白銀の剣」
「…」



「剣心」
「何でござるか?」
「左之助に殴られたんですって?」
「え?あぁ、京都で再会した時のことでござるな。」
「本当に?」
「あぁ、会うなり思い切り腹に一発喰らったでござるよ」
「ふふ、痛かった?」
「あれは……堪えた」
「…私もね、剣心に会えたら一発ぶん殴る、って息巻いていたのよ。」
「はは、思い直してくれて、命拾いしたでござるな。」
「思い直したんじゃないわ。殴れなかったのよ。」

軽い口調の中の、重い真剣な言葉に、師匠の小屋で再会した時のことを蘇らせる。



   …怒っていますか?
   …半分…



いつもの親しげな話し方じゃない、そう、初めて聞く丁寧な言葉だった。
あの別れの時の後悔と苦い思いがちくんと胸をさす。

「薫殿には殴られても仕方ないでござるよ。」
「そう、今からでもいいかしらね。」

沈もうとする月から視線をそらさずに、ぽそりと薫がつぶやく。

薫の脳裏に、昼間の剣心の姿が浮かぶ。
逆刃刀を、唯一の頼りとしてまどろむ姿。
決して近づけない、その距離。
越えられない、堅固な守り。



「薫殿がもし、…」
「目をつぶって。」



その真剣な声音に、剣心は本当に覚悟して目を閉じた。
神谷師範代の拳の痛さは経験で知っている。しかも、今回は…

ふわっ

左頬に暖かさが広がった。
思わず開いた眼前に、泣いているとも、微笑んでいるとも見える薫の瞳があった。
真一文字に唇を結び、その暖かな掌で十字傷を包み込むように触れる。
なぜかその瞳を見た瞬間、左之助からもらった一発より、さらに強い衝撃が胸を走った。


「あなたの傷に気楽に触れていいものじゃないことはわかっているわ。
あなたの過去がどれほどの重みを持っているかも、ある程度わかっているつもりよ。
私も、左之も、弥彦も、そう、みんなもね。
私たちは、とてもあなたの支えにはなれない。
でも、それでも、あんな別れは…。」

「薫殿…」

「逆刃刀はあなたを守る、唯一のものなのね。
そしてあなたが守る誓いそのものだわ。」

あなたの隣りに立てない。
あなたは一人。
それでも…

「でも、剣心はただいま、って言ってくれたから。」



「薫殿、確かに拙者は今まで仲間というものを持たずに来たよ。家というものも、持たずに。」
ため息のようにつぶやく。
「守りたかった。守っているつもりだった。でも、京都の戦いで守られていたのは自分の方だと、よくわかった。
だから…」



「ここにいたい」という言葉を飲み込んで…
「ここにいて」という言葉を飲み込んで…



薫は大きく息を吸うと、空を振り仰いで思い切りの元気を声に込めて吐き出した。
「今度、私たちのことを、頼りにならないなんて思ったら、みんな承知しないわよ。左之や弥彦、私だって」
「あぁ」
「今度は一発じゃすまないからね。」
「承知したでござる。よく肝に銘じておくでござるから。」
「よし。」
破顔一笑、はじけるような笑みを浮かべて。
「あ、じゃぁ、お風呂どうぞ。冷めちゃったかな…」
「あぁ、いただくでござる。」



一人残った薫の後ろで、沈んでいく月が最後の光を投げかけた。

「剣心…」

仲間、という言葉の奥に、もう一つの真実があることに、もう薫は気づいている。



細い白銀の刃は、恋の切なさに涙する乙女の姿を、一瞬藍色の中に浮かび上がらせてから、その姿をそっと闇に溶かした。










【終】



勘のいい方はお気づきかと思いますが、この小説は宿の駄文「太陽よ、いとおしさで胸がつまる男が見えるか」の続きになっています。
「太陽よ〜」はラブラブで終わる話ではないため好きじゃない人もいるだろうな、と思っていたのですがありがたいことにこの作品、たくさんの方々に好評をいただきまして。

そんな予想外の嬉しい感想をいただき、な・な・なんと!
於音様がこの駄文と対になる小説を書いてくださったのですッ

於音様には災難だったと思いますが、σ(^^)にとっては嬉しいこと尽くめです(*´∇`*)
「月よ、恋しさに涙する娘の心を照らし出せ」・・・・・タイトルからしてまた違うストーリーがあるのかと期待しちゃいません?
期待通り、とっても素敵な小説を書いてくださいました〜!!
σ(^^)の駄文のイメージはそのままに、於音様独自の世界観が広がっています。

逆刃刀があるから誰かを守ることが出来、剣心も戦うことが出来る。
同時にそれは文中にあるように「決して近づけない、その距離。越えられない、堅固な守り。」

「仲間」として剣心と共にいる・・・・・それが今の薫の精一杯。

うあああああんッ、切ない・・・・・切ないよお〜〜〜〜ッ!!!!
更にこの言葉で完全にノックアウト↓

「ここにいたい」という言葉を飲み込んで…
「ここにいて」という言葉を飲み込んで…

お互いの心が分かっているからこその思いやりはとても哀しいもので。
二人の気持ちが痛いほどに伝わってきます・゜゜・(>_<)・゜゜・。ビエェーン...

ちなみに最初は「太陽よ〜」の挿絵だけをいただく予定だったのですが、更に図々しいσ(^◇^;)はすかさず、
「ついでに『月よ〜』小説も書いてみません?あ、あとその挿絵も・・・」
今から思い出すとホント遠慮のカケラすらないorz

そんなわけでいただいたイラストはそれぞれの背景画像に使用させていただきました♪
そちらは少し加工してありますので、加工前のイラストは客室に展示してあります。
是非是非ご覧くださいッ



於音様、本当にありがとうございました!



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