まだ暑さが残るとは言え、朝と晩ともに涼しくなって来た秋に差しかかって来たこの季節。昨夜はどうやら、雨が降ったのか中庭の花々には朝露が付いていた。
幕末の頃は夜に暗躍していた為、今とは真逆の生活を送っていたものだったが、今の生活がこんなにも幸せであるとは思ってもみなかった。
未だに夢の中に居る、妻の薫と愛息子の剣路に微笑み、二人それぞれの頬に手を伸ばすと、安らかな寝息が聞こえて来る…。
布団からそっと抜け出すと、俺は中庭に出て朝陽を浴びた。
〜また君に恋してる〜
朝陽を浴びていると、本当に心から洗われる様だ…。
そして、家族の為に、仲間の為に日々を精一杯過ごして行きたいと言う想いも生まれてくるから不思議だな…。
幕末の京都で暗躍していた頃…。
最初に巴と一緒になった頃は、恐らく互いに腹の探り合いであったのだろう…。
巴の第一印象は、漆黒の瞳。何の感情も読み取れず、「女心とは分からない」と匙を投げかけてしまった程だった。
だが桂さんの命で、大津で夫婦として過ごして行く日々の中で、ささやかな時間を過ごして行くうちに、互いに少しずつだったが笑顔が生まれ…。互いに必要な存在だと認識しだした程だった。
そんな矢先に、心を抉る程の悲しい出来事が起きた。
幸せを掴み掛けた矢先に起きた、心にも決して消える事の無い傷が出来た出来事だった…。
もう、誰も愛さない…。そう心に誓い、るろうにとして全国を逆刃刀と共に旅をし、自分探しをして来たはずだった。
旅先の人々は、最初こそは快く迎え入れてくれたものだったが…。
俺が人斬りであった事を知った途端、掌を返したように冷たくなった。
「あんたが人斬りだった事を知っていたならば…。引き留めはしなかった」
旅の先々で言われた言葉だった。旅を繰り返して行くうちには、もう慣れてしまっていた。
東京に流離い着いた時、君によもやこんな言葉をかけられるなんて思いもしなかったよ…。
「人斬り抜刀斎!とうとう見つけたわ!覚悟なさい!」
闇の中で木刀を着き付けつつも、迷いも何も無い、凛とした澄んだ瞳…。
俺がいつから君に惹かれ、そして恋に落ちて行ったのかは、もしかしたら、初めて春が少しずつ近づいて来ているあの晩がきっかけだったのかもしれないな…。
薫との出逢いを思い出しつつも部屋に戻ると、目を覚ました薫が声をかけてきた。
「…あら?剣心。もう起きたのね…。ごめんなさい。今朝は私が作る予定だったのに…」
「いや…。良いよ薫。君は昨日も稽古で疲れているんだろう?もう少し剣路と寝ておいで」
薫にそう言うと、薫は穏やかな顔でこう返して来た。
「でも…。剣路、あなたが居ないと泣きだすわよ。少し成長したと思ったら父さん大好きな子になってしまうのだもの…。母さんとしては少し寂しいわね」
少し寂しそうにしながらも、薫が笑う。
「ん?でも…剣路はよく君に懐くじゃないか」
「あれは、あなたにも構ってもらいたいが故の行動なのよ。剣路、よく私に話してくるのよね…。父さんが、僕に構ってくれないよ…って」
剣路が寂しがりな事が、よく分かった気がした。そういえば、俺の姿が見えない度に、出逢ったばかりの頃の薫のように「父さん、どこ…?」と家の中を探して歩き回られてしまった時は少し困った。
歳柄、少し距離を置こうと思ったものの…。逆に寂しい想いをさせてしまったのかもしれない。
これからは…。
剣路とも、勿論薫とも家族水入らずの時間を過ごして行こう。そう心から思った。
「ああ、そうだな…。これからは、剣路とも、君とも過ごせるように沢山時間を作るよ」
「ええ…。お願いね。剣心」
笑顔で、そんな言葉を返し合った。
「薫…」
「なあに?剣心」
「俺…。これからも、もしかしたら君に、剣路に辛い想いをさせてしまう事になるかもしれない…。だが…。君や剣路はそれでも良いと、傍に居てくれるのだな…」
「ええ…。そうよ。でなければ、あなたの妻と子供はつとまりませんからね」
少女時代の頃から少々気の強い所は感じていたが…。今改めて妻の気の強さを感じた。
「ああ…。そうだな。改めて、これからも宜しく頼むよ」
「ええ…。これからも宜しくね。剣心…」
改めて、出逢った頃から少しずつ湧きあがった想いを今でも告げたい…と思ってしまう。
この想いは、これから歳をとっても生涯変わる事はありはしない…。
「薫…。愛しているよ」
この言葉を妻に告げると…。
少女時代の頃の様に、顔を赤らめながらも笑顔で答えてくれた。
「私も、愛しているわ。剣心…」
この笑顔に、今でも心が惹かれてしまう。
ありがとう。これからも、君を、剣路を…。そして、これから生まれてくる新しい家族をこれからも愛して…。そして守って行くよ。俺には今でも変わらず大切な…君と剣路が傍に居るのだから 。
二人で微笑み合っていると、ようやく剣路が目を覚ました。
眠い目をごしごしとこすると、まだ夢と現の彷徨っている状態の目線の先に父親である俺を捉えると、笑顔で抱き付いて来た。
「父さん!おはよう」
「ああ…。おはよう。剣路」
抱き付いて来た剣路を抱き締めて頭を撫でると…くすぐったそうに笑顔を見せてくれた。
「ふふ…。剣路、おはよう」
「母さん!おはよう」
俺の腕の中から、剣路が笑顔で薫に返事を返す。
一日の始まりでもある、ささやかな家族の挨拶が交わされた。
そんな些細な始まりでも、幸せを感じてしまう。
「さあ、もうすぐ朝餉の時間だな…。作るとするか」
「父さん、僕も手伝う!」
「そうか…。じゃあ、頼んだぞ」
「うん!」
「あら、頼もしいわね。母さんは、道場で素振りをしているわね」
「ああ…。薫、行ってらっしゃい」
「母さん!頑張れ!」
「ええ!任せなさい!」
罪を償う答えは、いつも俺の心の中にある。それを忘れず、日々精一杯生きてゆこう 。
さあ、今日も一日を有意義に過ごそう。君と、剣路と共に 。
また君に恋してる…。今までよりも深く…。まだ君を好きになれる…。心から 。
【終】
<満月様よりあとがき>
これは、知る人ぞ知る「また君に恋してる」という某日本酒CMの歌をるろうに剣心にあてはめたら、剣心×薫&剣路となってしまいました。夫婦愛、家族愛…。愛の形は本当に様々ですよね。
短編ではありますが、暖かい緋村一家(神谷一家)が書けて良かったです! 満月
満月様は何度も当宿においでいただいているゲスト様でいらっしゃいます。
そんな満月様からなんと小説をいただいてしまいました!
どうやら表題にある「また君に恋してる」から着想を得たようで・・・というか、満月様からは何度かメールなどをいただいていますが、小説を書いたなんて話は初めて聞きましたよ!
二次創作の世界に感化され、自分でも書いてしまったという話はよく聞きますが、どうやら満月様もお仲間になったようです( ̄ー ̄)ニヤリッ
拝見した文章はとても落ち着いていて、でも読み終わった後心がほんわかとするやさしいお話でした。
命のやり取りをして迎えた新時代は剣心にとって必ずしも自分が望んだものではありませんでしたが、薫と剣路を得てようやく彼は安息を見出します。
この「ようやく」って部分が本当にしみじみと感じさせられるんですよね〜
剣心の一人称で書かれているってこともあるんですけど、なんつーか・・・「アンタも苦労したんだねぇ」と肩をポンとたたいてやりたい気分になるのはσ(^◇^;)だけでしょうか(笑)
そんな剣心のしみじみとした心情が、こちらにもじんわり染み渡るようです。
満月様のお初小説、おいしくいただきました(*´∇`*)
本当にありがとうございました!
客室