剣心に出会わなけりゃ、今でも俺はスリをしていたかもしれない。
いや、ひょっとしたらもっとやばいことをしていたかも。















あの頃の俺は、スリを続けることに嫌気がさしながらも、結局俺を使っている組の奴らに反抗することが出来ずにいた。
自分の意思とは関係なく、ただ言いなりになるだけの毎日。
怒り、悲しみ、憎悪といった感情も一切浮かんでこねえ。



汚い仕事に体が馴染んでくると、そういう思考が麻痺しちまうんだな、きっと。
新時代だっていうのに、夢や希望もなかった
所詮はこんなもん、と世の中を分かっているフリをして結局ふてくされていただけかもしんねえ。










だけど、その時はもうどうなってもいいとさえ思い始めていたんだ         




















GLORY DAYS



多くの人でごった返す往来の中に、その青年はいた。
見た目は他の若者とさしたる違いはないが、腰に帯びた日本刀が周囲の目を引く。
その彼と、正面から勢いよく駆けて来た少年の体がどん、とぶつかった。

「ごめんよっ」

腕白そうな少年が、謝りながらぶつかった人物の脇をすり抜けようとすると、いきなりその腕をむんず、と掴む手がある。
ぎょっとして少年が振り向き、
「何だよ、放せッ」
きっと上目遣いで睨むと、憮然とした表情で己を見下ろしている人物と目が合った。










この人物こそ、十七になったばかりの明神弥彦であった。










そんなことは知らない少年は、捕まれた手から逃れようとじたばたしているが、弥彦は力を緩めない。
「何だよ、じゃねえだろ。ホラ、さっき掏(す)り取った財布を返せ」
「掏ってなんかいねえよ!」

否定するものの、目が泳いでいる。

それに確証を得て、弥彦は実力行使に出た。
あいている手で、素早く少年の懐をまさぐる。
少年の懐から出た弥彦の手には、紐でくくられた財布があった。


「じゃあ、これは何なんだよ」



動かぬ証拠を突きつけられ、少年は何も言えずに押し黙った。










目の前の少年をよくよく観察してみると、着ている着物はぼろぼろで、何度もつぎをあてたような跡がある。

年のころは十歳・・・いや、九歳か?

みすぼらしい格好をしている上にまともに食事を取っていないらしく、道場に来ている同年代の子供達に比べるとかなり血色が悪い。










そんな少年の姿を見て、ふぅと嘆息すると、
「これで何か買って食え。これに懲りて、スリなんて真似はやめるんだな」
弥彦は財布からいくばくかの金銭を       さすがに自分の生活がかかっているので、赤毛の剣客のように財布ごと差し出せないが       出して少年に握らせた。



少年はしばしぽかんとしていたが、己の手にある金銭を見つめ、そして弥彦を見上げ       たと思ったら、いきなり少年が弥彦の足を踏みつけた。



あまりに突然のことで、身構えることが出来なかった弥彦は痛恨の一撃を食らってしまう。
「イッ       !?」
激痛のあまり、声が出せない。
弥彦の手が緩むと、少年がその手を振り切る。
そして、痛みに顔をしかめる弥彦に向かって、憤然としてこう言い放った。










「見くびるな!こんななりでも人から施(ほどこ)しを受けるほど落ちぶれちゃいねえんだよッ」










弥彦の手に金銭を押し返す少年の瞳は怒りに燃えている。
その瞳に一点の曇りもなく、それが彼の揺るぎない意志を感じさせる。
そうかといって、足を踏まれた怒りを忘れるはずもなく、
「こんのクソガキッ」
と睨みつけた。
それでも少年は怯む様子を見せず、その場に足を踏ん張る。



「クソガキじゃねえ!俺の名は多賀匡(まさし)、れっきとした東京府士族だッ」



堂々と胸を張って名乗るその姿が、過去の自分と重なった。
「お前・・・士族なのか?」
軽い驚きを覚え、呆けた声を出してしまった。
「なんでまたスリなんか・・・・」
「う、うるせえッ!関係ないだろ!!」
今までまっすぐ弥彦を見ていた匡の瞳が不意に外された。
その態度にぴんときて、弥彦の声が思わず高くなる。



「誰かに言われてやっているのか!?」
「関係ないって言ってんだろ!!」



そう言って、匡はくるりと背を向け、その場から走り出した。
「こらクソガキ、まだ話は終わって       
弥彦が追いかけようにも、既に遠くへ走り去っている。
よほどの脚力の持ち主なのだろうか。
それでも、弥彦の声は聞こえたらしく、遥か前方から「ガキじゃねえ!」という捨て台詞が返ってきた。



「多賀匡、か・・・・まっすぐな瞳をしていやがる」



匡の姿が見えなくなっても弥彦はその場から動けずにいた。
剣心から見たら昔の俺もあんなんだったのか、と苦笑いしながらその場を立ち去ろうとしたのだが、先程の会話を思い出して足を止めた。










       誰かに言われてやっているのか!?
       関係ないって言ってんだろ!!










おそらくスリも自分の意思ではないのだろう。
彼のような瞳を持つ人間が、自らすすんでスリをやっているとは考えにくい。
何らかの理由で無理強いされているのだろうか。
匡の口ぶりから、自分自身士族であることに誇りを持っていることが感じられる。










そんな誇り高い彼が、自分の意に沿(そ)わぬことを強要される       屈辱のあまり、声を押し殺して泣いた夜もあったろうに。










匡は、剣心に出会う前の自分だ。
ならば、匡の心が分かるのも弥彦なのだ。










匡は自分が士族であることを名乗った。
その時、士族の誇りを思い出し、スリの仕事をやめたいと痛切に願ったのではなかろうか。



「・・・・・まずい!」



かつて弥彦を使っていた連中に、スリの仕事をやめたいと申し出た時どんな目に遭わされたか。
当時の苦い思い出が生々しく蘇る。
匡がどんな輩と繋がっているかは分からないが、彼のような年若い少年にスリをやらせるような人間達だ。
まともな連中でないことは確かである。

あのガキが危ねえ       

弥彦は、匡の消えた方角に足を向け、地面を蹴った。




















道すがら、匡の姿を見かけなかったか聞きまくった。
よほどの速度で駆け抜けたのか、匡の姿を見たものはいない。
しかし、匡と一緒にいる人間達の情報を得ることが出来た。

話を聞いてみると、匡が共に行動しているのは成人男性ではなく、弥彦とさして変わらない年頃の少年達であるという。

素行が悪く、町の人間達も手を焼いているらしい。
その少年達であれば、いつもたむろっている場所があると教えられ、早速その場所に向かう。
匡が見つからない以上、彼にスリを強要している連中を探したほうが早い、と判断したからだ。










弥彦の読みは当たった。
寂れた長屋の奥深く、今は誰も住んでいない廃屋から数人の男に混じって匡の姿を認めたのだ。











「これで分かっただろう・・・・二度とスリをやめたいなんて言うんじゃねえぞッ」
匡は既に暴行を受け、唇が切れ、所々あざが出来ている。
すぐに飛び出そうとしたが、匡への暴行はひとまず止んだようだ。
弥彦は建物の影に身を潜め、その場にいる少年達を観察した。

倒れている匡の髪を掴んでいるのはひょろりとした長身の少年。
だが、あまり健康的な体つきではない。
同年代の弥彦と比較すると、その差は明らかだ。

骨が浮いて見える肌は痩せているというよりやつれている、といったほうが正しいくらいだ。
それでも目だけはぎらついており、どう見ても正常とは思えない。



「分かったんなら、さっさと返事しろ!」



匡を囲むようにして見下ろしている一人が、散々痛めつけられて動く気力すらない匡の体を足で蹴った。
それを見て弥彦の腰が浮かびかけたが、少年達の声でその動きが止まる。
「・・・・何だよ、その目は」

体は動かせないものの、匡の瞳は自分を取り囲んでいる少年達を射抜いている。

「何度聞かれても、答えは同じさ・・・俺はもうお前らとはつるまねぇ・・・ッ」
その鋭い視線に、一瞬少年達はたじろいたが、匡が指一本動かせないのを見て、彼の顔を地面に擦り付けた。
「うぐッ」
「悔しいなら、向かって来いよ。ま、動けたらの話だけどな」
「・・・・く、くそぉ・・・!」
匡の頭を押さえる手に力を加え、その場にいた少年がどっと笑い声を上げる。










「だったら、遠慮なくいかせてもらうぜッ」










ぴたりと笑い声が止まり、少年達が一斉に声のした方に顔を向けると、そこに竹刀を構えた弥彦がとびかかった!



「いやあぁぁぁぁッ」



バン、バシィッ!

気合一閃。
小気味よい音を響かせ、手前にいた二人の少年を難なく倒す。
突如現われた弥彦に瞬時に仲間を倒され、残った少年達は慌てて壁に立てかけてある棒を手にする。



「誰だよ、お前!」



一人が棒を振りかぶると、
「名乗るほどのもんじゃねぇよ!」
がら空きになった胴を狙って竹刀を叩き込む。
「が・・・・」
完全に白目を剥いていることを確認して、弥彦は竹刀を少年達に突き出した。

「さあ、次はどいつだ?」

少年達は突如現れた弥彦を敵意むき出しの目で見ていたが、一人の少年が彼の腰にある日本刀に気付き、吐き出すようにこう言った。
「何だ、この時代に刀か?おい、そんな棒切れじゃなくてその刀を抜いてみろよ。それともその刀は飾りもんか?」
「あぁ!?」
嘲笑する少年にいにかちんときて、弥彦の片眉が不機嫌そうに上がった。



自分に対しての侮辱ならばこの場合さして気にはしなかった。
だが、彼らが侮辱しているのが腰に帯びている逆刃刀のことだと悟って、弥彦の頭に血が上る。



「・・・そんな軽々しいものじゃねえんだよ、この刀は」
怒りを押さえ込むようにしてぼそりとつぶやいた言葉は彼らには聞こえなかったようだ。










こいつらは知らない。
最強と謳(うた)われた剣客がこの刀に込めた想いを       










「それに、お前らごときが相手じゃこの刀を抜く価値もねえよッ」
「ば、馬鹿にしやがって!!」
飛び掛ってきた一人の手を竹刀で叩くと、彼の手にした棒が地面に落ちた。
相手が怯んだ隙に面に一発打ち込むと、弥彦よりやや大柄な彼の体がぐらりと傾いだ。


前のめりに倒れこんだ拍子に、少年の懐から小さな包みが落ちた。



「何だ?」
自分の足元に落ちたその包みを広げてみると、中身は粉薬のようであった。
だが、この連中に薬とは何だか似つかわしくない。
「何だよ、こいつ病人か?」
とりあえず思ったままの疑問を口にすると、それを見ていた少年達の顔色が変わった。
「か、返せッ」
「あ?」
弥彦の手の中にある包みを見て血相を変える少年に、眉を上げる。
「何だってんだよ、この粉・・・」



言いながら、ずいっと前に出すと、その拍子に僅かばかりの粉が舞った。



「馬鹿!動かすんじゃねえッ」
「一体いくらかかったと思っているんだ!」
そう言われても、弥彦には何が何だか分からない。
だが、彼らに「馬鹿」呼ばわりされたことについては少々腹が立った。
弥彦は不機嫌そうに顔をしかめたが、やがて妙案が思いついたかのように、にんまりと口角を上げる。
そして、手に持った粉薬をひとまず元通りに包んで、彼らに見せ付けるようにひらつかせた。










「悪いな、返せって言われると余計返したくなくなるタチなんでね」










おちょくるような物言いに、少年達は唖然として弥彦を見ていたが、憤慨して肩をいからせた。

「ふざけるなぁ!」

棒の長さを利用して、弥彦に向かって突き出してきた。
次々と突き出される棒の前に、弥彦は迂闊(うかつ)に踏み込めない。
自分の間合いに踏み込もうとすれば、たちまち相手の攻撃を受けてしまう。



少しは戦い方を知っているってことか。



繰り出される攻撃を避けながら後退していくうちに、とん、と背中に軽い衝撃が走った。
どうやら壁に当たったらしい。

弥彦に逃げ道はない!

相手もそれに気付いたのか、勝利を確信したような笑みを顔に貼り付けている。
「手間かけさせやがってッ」
渾身の力をこめて棒を突き出す。
それが体に届く直前、弥彦は下段から竹刀を振り上げ、その棒を弾いた。
その衝撃により、相手の手から得物が離れ、上空に飛んでいく。
まさかこの状態で反撃されるとは予想だにしなかったのだろう。
相手は口を大きく開けた間抜けな顔で、動くことすら忘れている。
だが、眼前に迫る弥彦の竹刀に気づき、急いで身構えようとするが遅かった。










「遅いんだよッ」










弥彦の竹刀が相手の頭を直撃すると同時に、バンッという音が響いた。
相手が後ろに倒れるのを確認すると、また先程と同じ包みが少年の懐から覗いている。
こいつも病気持ちか、などと思いながら何気なく手を伸ばすと、
「触るな!!」
ひゅっと風を切る音が弥彦の耳に届き、反射的に身を退いた。



カツンッ



壁に当たって転がったそれは小さな石。
当たったところでどうということはないが、そうまでして彼らが守りたいこの粉の正体が余計気になった。
       おい、この粉は一体何だ?」
「お前には関係ないだろ!?」
間髪いれずに返事が返ってきた。



・・・・・まあ、まともな返事は期待してねえけど。
残りはこいつ一人だから、さっさと片付けて、あのガキを連れて診療所に行くか。
玄斎先生に見せりゃ何の薬か分かるだろうし。



なんてことをあれこれ考えていると、倒れている匡が懸命に顔を持ち上げて何やら弥彦に伝えようとしている。
首を傾げながらも匡の唇に注視していると、彼の唇がある言葉を形作った。
その言葉を理解した瞬間、弥彦の瞳が見開かれる。










あ・へ・ん       










阿片。
見間違いではない。
匡の唇は確かにそう告げている。

人を狂わす魔性の薬。
弥彦自身、阿片に関係した事件に遭遇したことがあるため、阿片の恐ろしさはよく知っている。
それでも一時の快楽を求め、阿片を手にする者は少なくないのが現状だ。

その魔性の薬が、今弥彦の懐にある。
先程まで何とも感じなかったそれが、今ではとてつもなく禍々しい物に思えて、無意識のうちに懐から包みを出した。
そして、無言でその包みを開き、中にある白い粉をばらまいた。



「!何てことしやがるッ」
「やかましい!こんなもんに手ぇ出しやがって!!」



粉が舞い散り、青くなる少年を弥彦が一喝すると、弥彦の怒りに圧されて何も言えず恨みがましい目でこちらを見ている。
おそらく匡がスリで得た収入はほとんど阿片購入に充てられていたのだろう。
より多くの阿片を得るために、食費すら切り詰めていたのではなかろうか。
だからあんなにも血色が悪いのか。

年は俺とさして変わらねえってのによ・・・・・

何がきっかけでこんな生活をするようになったかは、それなりの事情があるだろうから聞く気はないが、彼らからは現状を打破しようという気力が感じられない。
弥彦自身、そういう時期があったから、彼らの気持ちが分からないではない。

だが、阿片に頼るとは       










「おい、お前!」
びしりと竹刀を突きつけられ、少年は一歩後ずさる。



「いつまでも『ここ』で立ち止まってんじゃねえッ」



弥彦の言葉の意味が分からないのか。
何度も目を瞬(しばた)いている少年を見て、弥彦は苛立つ気持ちを抑えきれない。










「お前らは『ここ』から歩き出すことに意味がないと思っているかもしれねえけど、そんなことはない!自分を信じて、己の道を突き進めば答えは必ず見つかるんだ!!」










自分を見失うな。
手を伸ばせば未来は掴めるんだから。










当の少年は弥彦の叫びをぽかんとして聞いていたが、すぐ我に返り、
「な、何が自分を信じて、だ!答えが見つからなかったからこの場所にいるんじゃねぇかッ」
       この、馬鹿野郎!!」
激情にかられるままに今の気持ちを吐き出しても、少年の心は動かない。
しかしその背後で、匡が熱のこもった瞳で弥彦に見入っている。










「自分を、信じる・・・・・」










か細い声が聞こえ、少年は首を回した。
すると立つ気力すら失っていたはずの匡が、地面に手を付いて立ち上がろうともがいていた。

「匡、お前」
「俺は、立ち上がって、みせる」



奥歯を噛み締め、顔を真っ赤にしながら、匡は懸命に立ち上がろうとする。
弥彦の想いは匡に通じたのだ。



「うるせえ!お前は俺らの言うことだけ聞いてりゃいいんだよッ」
匡の行動を見て取った少年が、棒を振りかざし匡に躍りかかった。
しかし、あと数歩で間合いに入る、といったところで突如彼の体がのけぞり、膝をついてその場に崩れ落ちた。
倒れた少年の背後に立っているのは、竹刀を手にした弥彦。

「背後からっつうのは俺の主義に反するが、この場合は仕方ねぇよな」

にっと白い歯を見せて笑った先には、匡がややおぼつかなく見えるものの、しっかりと両足で地面を踏みしめている。










「これでお前は自分に負けない強さを手に入れたな」










弥彦の言葉に、腫れ上がった顔でぎこちなく笑みを返す。
しかし、それで気が抜けたのか、がくんと膝が折れた。
「おっと危ねえ」
また地面に突っ伏しそうになった匡を、弥彦がしっかり抱きとめる。
そしてそのまま背中に負ぶって、
「そんじゃ、まず怪我の手当てしねえとな」
と言うと、そのまま歩き出した。
だが、匡の視線は今しがた弥彦が倒したひょろ長い少年に向けられている。
不安げに揺れるその瞳を見て、弥彦は安心させるように言った。



「心配すんな。お前はこいつらに脅されてスリをしていたんだろ?むしろ、阿片を手に入れるためにスリを強要されていたんだから、お前が罪に問われることはないさ」
「本当か!?」



ぱっと顔を輝かせた匡に気をよくした弥彦は更に続ける。










「嘘じゃねぇよ。万が一、お前が罪に問われることにでもなったら、俺が警察の署長に話をつけてやるから」
「・・・・・本当か・・・?」










一変して疑わしい目で弥彦を見ている。

「お前、その目は信じてないな・・・・」

それを見て今度は弥彦が不機嫌になった。
やれやれ、とわざとらしく大きなため息をついて、
「全く、せっかく俺が鍛えてやろうと思ったのによ・・・」
「鍛えるって?」
きょとんとしていると、弥彦が顔だけ回してこう言った。
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺の名前は明神弥彦。神谷道場っていう剣術道場で師範代を任されているんだ」
「剣術道場の師範代・・・・」



匡は先程目(ま)の当たりにした弥彦の強さの理由を知る。



「それでだな、俺から見て見込みがありそうだと感じる人間がいたら道場に連れて来いって師範に言われてんだよ。あ、師範てのは薫っていう女なんだけど・・・・」
そこまで言った時、匡が上擦った声で弥彦の言葉を遮った。

「俺、剣術学べるのか!?」

その声音を聞き分けて、弥彦はわざと意地悪な口調で返した。
「なんだ、強くなりたくないのか?そんなら別に無理強いはしねぇが・・・」
「強くなれるのか?あんたについていけば、誰よりも強くなれるんだな!?」
もはや弥彦の言葉など耳に入らぬほど興奮している。










それほどまでに強くなりたいのか。



頬を上気させ、瞳を輝かせる匡を見て昔の自分を思い出し、思わず口元が緩んだ。
しかし、ただ強さのみを追い求めるだけでは駄目なのだ。
強さを追い求めるゆえに道を外すものもいる。










弥彦は緩んだ顔を引き締め、真剣な口調で匡に告げた。
「だが忘れるなよ。強さだけが全てじゃない。大事なことは目に見えるものだけじゃないんだ」
今はまだ難しいか、と思ったが、背中で匡が頷いたのを感じた。
顔が見えないので本当に分かっているのかどうか疑わしいが、それでも何だか嬉しくなって、それを隠すために弥彦は厳しい言葉を投げつける。



「もう一度確認するぞ。本当に強くなりたいんだな?」
「おう!」
「おう、じゃない!返事は『はい』だ!」
「え・・・あ、はい!」
「声が小さいッ」
「はいッ!!」
「稽古は厳しいぞ。覚悟しとけ!」
「はい!!」



匡の威勢のいい返事を聞いて、その元気がいつまで続くかな、とこれからの厳しい道のりを思いやる。
しかし、何だかんだ言いつつも匡は立派な剣士になる。

いつか剣心に言われた言葉が弥彦の心に蘇る。

弥彦はその言葉をそのまま匡に伝えた。










「強くなれ、匡!!」
       はい、師範代ッ!」










たった一度の人生を歩いている彼らは、やがて「栄光」という名の「未来」を手に入れるのだろうか。










今ここに、新しい剣士が誕生した       










【終】

企画室



175Rの曲でございます。
直訳すると「栄光の日」かな?

この歌を聴いたとき、まず浮かんだのが弥彦。
既に答えを見出した剣心と違い、弥彦はまだ現在進行形。
この歌のように答えを模索している最中かな、と思いまして。
でも、うまく表現できなかった(泣)



匡君は剣心と出会った頃の弥彦をイメージしたんですけど、あえなく撃沈(爆)



なんつーか、弥彦のように強さを求めていないというか・・・・切実さが感じられない;
歌で文章作るとなると、どうしたって詩のほうに意識を集中してしまうので、それ以外の部分に関してはいまひとつですね。
なるべく気をつけよう。

詩のほうも、ちょっとアレンジさせていただきました。
たとえば、チャンス→未来にすげ替えたり。
深い意味はありません、σ(^◇^;)が書きやすくするためにそうしただけです←待て



ちなみに背景で使わせていただいた写真は「地図に無い路」の美亜様が提供してくださいました!
「小説の背景を求めて素材屋さんを流浪してます」とこぼしたら、
「ちょうどいいのがありますよ♪」
と救いの手を差し伸べてくださいましたッ
本当に助かりました・・・(感涙)
彩月様、ありがとうございました!