それを見たのは偶然だった。
時期を考えれば見つけても不思議はない。



もうそんな季節になったのか。



一年前であればそう思う程度だったろう。
だが、今日が五月十四日であったことが薫の心をざわつかせた。




















光る夜






うつむいていた薫がゆっくりと顔を上げ、自分に向かって手を差し出したときには嬉しさより戸惑いの方が先に立った。



彼女の瞳は今の心情を表すかのように不安定に揺れている。
だがその視線は依然として剣心を捉えており、その手は剣心に向かって差し伸べられている。
一瞬迷ったが、薫の手に己の手を乗せると軽く握ってきた。
そのまま座ることを促すように軽く引かれ、剣心も布団の上に胡坐(あぐら)をかいた。

いつもなら剣心が手を差し伸べ、薫は躊躇いがちに手を預ける。

頬を染めてうつむく薫を怖がらせぬよう軽い口付けを繰り返し、彼女が慣れてきた頃を見計らって本格的に求める、というのが二人の夜の過ごし方だった。










それが今夜はどうだ。
薫から剣心を求めているではないか。










「薫殿・・・何かあったのでござるか?」
懸念を悟られぬよう、なるべく普通に問いかけると彼女はかすかに微笑んだ。
「たまにはいいでしょ、私が剣心を欲しがったって」
薫の顔が間近に迫り、唇が重なる。
自然に剣心の手が動き、彼女に触れようとする。
が、それは薫も予想していたことらしく、
「駄目」
唇を触れ合わせたまま、伸びてきた剣心の手を押さえた。



「貴方は何もしなくていいから       



潤んだ瞳で熱っぽく見つめてくる薫を拒むことなど出来なかった。
薫の舌が剣心の中に入り込み、やさしく愛撫する。
まだたどたどしい感じは否めないが、それでもいつもとは違う積極的な彼女に剣心の体は正直な反応を示す。
「薫殿・・・もっと・・・」
興奮したせいで少し声が上擦ってしまったが、薫は彼の望むままに舌を絡めてきた。
       ふ・・・」
薫も感じているのか、時折甘い吐息が漏れる。










そうなると剣心もじっとなどしていられない。
今すぐ彼女の体を隠す邪魔な布を剥ぎ取り、思う存分薫を味わいたい。










剣心の手が乞うように女の背中を何度も撫でる。
ゆっくりと、されどどことなくなめかわしいその動きに薫が背中を仰け反らせる。

「んぅ」

剣心の手が臀部をかすめると女の体がびくりと反応する。
そのまま腰紐を引き、襟をつかんで引っ張ると、呆気なく寝巻きが滑り落ちた。



抱くごとに滑らかになる薫の肌は、何度触れても飽きるということがない。



思う存分薫を堪能しようとした矢先。
薫は自分の体を傾け、男に体重をかけた。
自然、二人して布団の上に倒れこむ形になる。
剣心の動きを封じるかのように彼の肩に手を乗せ、耳元で囁いた。










「このまま、ね?」










彼女の長い髪がさらさらと剣心の首筋を撫で、それがくすぐったくて少し身を捩(よじ)った。
「逃げちゃ駄目」
肩を押さえる手に力を込め、薫の唇が耳元から首筋に沿って所々軽く口付ける。
ちゅ、ちゅ、と小鳥のような口付けを受けていると、突然甘い痛みが走った。
「ッ!」
その痛みは胸元まで続き、その度に剣心は小さく顎を反らせた。



「なぁに?いつも剣心が私にやっていることじゃない」



彼の反応と彼の体を満足そうに見下ろし、くすりと笑う。
そして剣心の赤い髪を指でかき分け、首の側面を見えるようにした。
「ほら、ここ。見えるところには跡付けないでって言っているのに剣心てば、いつも付けちゃうんだから」
「そ、そうでござったかな?」
わざとらしくとぼけるが、でもこれで同じね、と言ってまた笑う。










だが、薫の瞳はまっすぐ剣心を射抜いたままだ。










剣心はその瞳の奥に潜む『何か』を探ろうとしたが、やがて薫が思い出したかのように視線を外して、
「そのまま胸元に降りてきて、しばらく擦り寄っているでしょ?」
話しながら薫は剣心の胸板に顔を寄せた。

「・・・・・剣心の心臓、どきどき言ってる。緊張してるの?」
「はは、そうかもしれぬが・・・ッ」

剣心の言葉が不自然に途切れた。
薫が剣心の寝巻きを思いっきり左右に押し広げ、男の乳首を弄(もてあそ)び始めたからだ。










「それとも・・・期待しているから?」










きゅ、とつまむと剣心の口から吐息が漏れる。
が、喘ぎだけは漏らすまいと奥歯をきつく噛んで耐えていた。
それを認めて薫は不満げに頬を膨らませる。
「ずるい、剣心。私だって剣心の声聞きたいのに       
言うが早いか、薫はぺろりと固くとがった頂を舐め上げた。
そのまま丹念に愛撫していたが頂をやや強めに吸い上げると、



「うぁッ!?」



予想外のことにたまらず剣心は喘いだ。
「ねぇ剣心気持ちいい?どこがいいか教えて・・・」
「はぁ・・・ッ、ああぁ・・・・・」










右の乳首は口に含み、もう片方は指先でこねるようにしている。
いつも、男が女にしているように。










「剣心と同じようにやったら・・・剣心も悦(よろこ)んでくれる?」
体の線に沿って薫の手が何度も往復する。
先ほど剣心が彼女の背中を撫でたときと同じ動きであった。

「ア・・・薫殿・・・!拙者も・薫殿を       

焦がれるように乞うても、
「それは駄目」
ぴしゃりと言うと今度は剣心の下帯に手を伸ばした。










「か、薫殿!?そこはちょっと・・・!!」
慌てふためく剣心であったが、ふと動きを止めた。










勢いよく裾を割ったまではいいが、下帯を解こうとする薫の指は小刻みに震えている。
鋭さと恥じらいが複雑に混じりあった彼女の瞳に、忘れかけていた疑問が頭をもたげる。

空いているほうの手で薫の顔に触れると、薫がはっとしたようにこちらを見た。

昼間と同じような冴え冴えとした男の表情を認めると、女の顔が曇った。
「剣心、気持ちよくない?私じゃ、貴方を満足させられない?」
「そんなことはござらんが・・・いつもの薫殿ではないので少々戸惑いが・・・」



思ったことを正直に言っただけだが、今の薫には逆効果だったようだ。



「余計なことは考えないで!私はただ、剣心を気持ちよくしてあげたいだけよッ」
「いや、今までので充分拙者は       
「嘘!じゃあ何でそんな目で私を見るの?何でそんな落ち着いているの?私はいつだって貴方しか見えないのに・・・・ッ」










己の一言で薫の怒りを買ったことは分かったが、なぜここまで苛立っているのか理解できない。










「・・・・薫殿?」

薫は剣心の胸に顔を埋めたままこちらを見ようとしない。

気持ちをほぐすために薫の髪を梳いたが、それでも彼女の体は硬いままだった。
剣心は小さく嘆息して、言葉を紡いだ。
「薫殿。拙者は本当に感じていたのでござるよ。薫殿が拙者を悦ばせるためにしてくれたことはどれもこれも全て気持ちよかった。だが拙者はやはり、薫殿に触れたい。薫殿に悦んでほしい。それが拙者の悦びに繋がるのだから」
剣心は真実を告げたが、やさしく諭すような物言いは更に彼女の反感を買った。










そんな言葉はいらない!
私が、私が欲しいのは       










「剣心・・・貴方ってこういうときでもきれいな言葉を使うのね」
薫の顔が悲しげに歪んだが、剣心から見ることは出来ない。
聞こえるのは普段の彼女からは考えられないほどの冷ややかな声。
「でも欲しくないわ、そんな言葉」



びくり、と剣心の体が震えた。
薫の手が男の股間に触れたからだ。



「か・かお、やめ・・・!!」
今まで彼女から受けた愛撫で情欲の火が燻(くす)ぶり始めている。
下帯の上から撫でているだけであったが、剣心にはそれだけで過ぎた刺激だったのだろう。
「あぁ!!・・・くッ」

薫を制するように彼女の肩を強くつかんだが、それは同時に自分が感じていることを伝えることになる。

「我慢しないで。もっとして欲しいのでしょう?」
下帯の下から発せられる熱とじんわりとした湿りを感じ、薫の指が邪魔なものを排除する。
歓喜の涙が先端から流れ出し、そそり立った刀身を濡らしててらてらと光っていた。
「ほら、やっぱり」
くすり、と妖しく口角が上がった。

薫の視線の先にあるものが怒張した己の分身だと思うと羞恥で震えだしそうになる。










「み、見るな薫殿!頼むから       
ほとんど叫びに近い形で懇願するが、男を悦楽に導こうとする少女に伝わるはずもなく。










「何で?これも貴方なのよ。全部見せてよ」
薫の指先が刀身に触れる。
そのまま包み込むようにつかみ、ゆっくりと上下に動かし始めた。
時折指を小刻みに動かしたり、微妙な力を加えるものだからたまらなく気持ちがいい。



「はあ・・・んんッ!か・薫ぅ・・・・・ッ」



拒もうとしても体が言うことを聞かない。
更に薫は男の乳首を交互に舌で愛撫し、乳輪に沿っていとおしげに口付ける。










のどを逸らし、愛撫一つで切なげに喘ぐ剣心は、今や完全に与えられる快楽に溺れていた。
声をかけてもまともな返事すら出来ぬ男を薫は恍惚と見とれる。










やがて分身の方が頂点を迎えようとしていた。
「うっ、くうぅぅう!!!」
背中に悪寒にも似たぞくりとした感覚が突き抜け、己の熱が開放される直前。

今まで剣心を翻弄していた薫の動きが止まった。

行き場を失った疼きを抱え、困惑した瞳を薫に向けると、彼女は今まで密着させていた体を離した。
「かおる・・・・・?」
置いてきぼりにされた子供のように縋りつくような視線を向ける剣心に、安心させるように微笑んで額に口付けを落とす。



「大丈夫よ、どこにも行かないわ」



慈しむような笑顔を見てほっとしたように剣心の表情が緩んだ。
しかし、己の熱は不完全燃焼のままだ。
「薫・・・・」
「なぁに?」
「薫の中に入りたい。入れさせて」
甘えるような口調だが、どことなく急いている。

それだけ、目の前の少女を求めているのだろう。

今の彼の瞳には、薫しか映っていない。
「やっと見てくれたわね・・・」
嬉しそうにそう言ったが、剣心は聞こえなかったかのように、
「いいだろ、薫」
と、彼女に手を伸ばす。
       駄目」
拒絶の言葉に男の手が宙で止まった。
顔色を失った剣心とは対照的に、薫は艶然と微笑んでこう言った。










「私が導きたいの」










言うが早いか、薫は剣心の上に馬乗りになり、彼の刀身に片手を添えた。

「さっき、剣心は私が悦ぶことが自分の悦びに繋がるって言ったわよね」
目の前に晒された薫の肌が眩しい。
「私も同じよ。剣心が悦んでくれると私も嬉しいの。その証拠にほら・・・・・」

つ、と薫の太腿に雫が伝う。
剣心が乱れる姿を見て、薫の中にある熱も大きくなっていたのだ。



「・・・今だけでいいから       



その先の言葉はヌチュリ、という水音にかき消された。
薫が自分の秘所を指で押し広げ、腰を落として剣心の分身を飲み込んだのだ。










「はぁッッ」
「あ・・・ンン!」










一つになった瞬間、どちらからともなく熱い吐息が零れる。
そして女の中に取り込まれた刀身がびくりとその身を震わす。
薫の内部(なか)はとても温かく、やわらかい。
痺れるような快感がじんわりと下半身に広がっていく。










「剣心、気持ちいい?」
「ああ・・・気持ちいい・・・・!!」
夢心地でそう言うと、薫はにっこり笑って、
「じゃあ、もっと気持ちよくしてあげるね」



薫が腰を動かし始めると更なる快感が突き上げてくる。



「あっ、あっ、あっ」
薫も感じるのか、動くたびに彼女の口から甘い声が発せられた。
動きに合わせて薫の乳房も上下に揺れる。
誘われるように剣心の手が伸びた。

本日何度薫に手を伸ばしたことだろう。
手を伸ばしても「駄目」と拒まれ、触れさせてもらえない。

今も、薫は切なげに眉を寄せていたはずなのに、視界に男の手を捉えた瞬間、



「や・・・だめぇ・・・!けんしん、は、私だけ・・・を!!」



途切れ途切れではあるが頑として拒む。
己の上で悩ましく腰を振る薫は確かに官能的で美しい。










だからこそ触れたいのに。
だからこそ愛したいのに。










されど手を伸ばしても彼女は頑(かたく)ななまでに剣心を愛そうとする。
最中であっても触れることを許されず、熱くなる体とは裏腹に剣心の頭が冷えてきた。










「く・・・!薫ッ」

ナゼフレテハイケナイ?










僅かに残った理性をかき集め、瞳だけで問いかけてみれば、










「剣心、剣心ッ!!」

アナタハワタシヲカンジテクレレバイイノ。










応える瞳はどこか切ない光を帯びていた。
それは快楽によって生まれたものとは別のものであることを剣心は察した。



やはり違う。
本当に感じているのなら       



がばりと剣心が身を起こした。










「きゃああッ!?」










驚いたのは薫だ。
何の前触れもなく世界が反転し、突然のことで体がすぐ反応しない。

が、起き上がると同時に剣心が彼女の体を支え、薫を衝撃から守った。

しばしびっくりしたように目をぱちくりさせていたが、かっと薫の頬が紅潮する。
たった今剣心がしたこと、そしてまだ二人は繋がったままであることが薫に怒りと羞恥を沸きあがらせたのだ。
そんな薫にお構いなく、やっと手に入れた少女の体を味わうべく剣心は迷わず薫の乳房にかぶりついた。
やわらかな感触を楽しみながらぺろりと乳首を舐めると「あん!」と可愛らしい声が聞こえた。



そのまま感触と味を堪能しようとしたのだが制止するように薫が剣心の手を押さえた。
「剣心、駄目!今日は私が・・・」



抗議の声を上げたが、先程までの高まりは嘘だったかのように剣心は静かに問うた。
「なぜでござるか?なぜ今日なのでござる?」
意外な角度からの問いかけに薫はすぐに返答できない。
それこそ、彼の口調が戻ったことにも気付かぬほどに。

剣心は顔を上げ、目を見開いて何も言えずにいる薫にずばり言った。

「それは今日が五月十四日だからでござるか?」










薫の表情が凍りついた。
それが答えだった。










「・・・・やはりそうでござったか」
男の包み込むような微笑に、やっと薫も言葉を返すことが出来た。

「剣心、気付いていたの?」
「気付かぬわけがない」

言いながら、薫の手に己のそれを絡めた。
「拙者にとっても特別な日でござるよ。いや、特別な日という言い方はちとおかしいか」
視線は薫に注がれたままだが、握られた手に力がこもる。



       忘れてはいけない日、でござるかな。なんと言っても、拙者が薫殿を傷つけた日でござるから。一方的に別れを告げて薫殿を悲しませた」



剣心の話が終わっても、しばらく薫は無言のまま彼の顔を見つめていた。
やがて黒瞳が潤み、溢れ出した涙が目尻を伝って落ちた。










「ごめんなさい剣心・・・ごめんなさい、ごめんなさい!」
泣きながら謝罪の言葉を何度も何度も繰り返した。










「なぜ、薫殿が謝るのでござるか?」
重ね合う体と同じように、剣心の声もどこまでも温かかった。
それが余計に自己嫌悪を募(つの)らせる。
「私が・・・!私が剣心を信じ切れていないから!私の心が弱いから・・・・ッ」
涙と同じように堰き止めていた気持ちも溢れ出したのか、今まで隠してきた本心を吐露した。



「不安だったの。剣心はここにいてくれるって分かっているし、志々雄真実ももういない       でも今日の日付を見たらまた剣心が流れちゃうんじゃないかって!!そう思ったら私、居ても立ってもいられなくなって・・・・・ッ」



涙声になりながらも一息に吐き出し、流れる涙を乱暴に拭う。
透明な雫はとどまることを知らぬよう。
溢れ出る涙と嗚咽を抑えることが出来ず、それでも何とか止めようと薫は瞼を手で押さえつけた。
「泣かないで、薫殿」










剣心は薫の手を取って、涙を止めるように彼女の瞼に口付けた。
そのまま同じように指を絡め、いまだ涙が乾き切らぬ薫の顔にいくつもの口付けを降らせる。
剣心からの口付けが心地いいのか、薫はおとなしく接吻を受けていた。










嗚咽が落ち着いた頃、薄く目を開き、震える声で剣心に問うた。
「こんな私、嫌いになった?」
「嫌いになる理由などどこにある?それこそ、原因を作った拙者の方が憎まれても文句は言えない立場でござろう」
「ううん、そうじゃなくて・・・」
かぁ、と顔を赤らめ視線をそらす。



「その・・・・・さっき、私が剣心にしたこと       



ああ、と剣心は納得したようにつぶやいた。
「別に何とも       今回のように薫殿から誘ってもらえることについては、拙者は大歓迎でござるが?」
「大歓迎って・・・・・嫌よ、恥ずかしい!もう二度とやるもんですかッ」
ひとまず軽蔑されずに済んだことに安堵したが、自分のやったことを思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしい。
が、同時に一つの疑問が薫の中にむくむくと湧きあがってきた。

「ねぇ、剣心。私って・・・魅力ないのかな?」
「は?」

頭上から間抜けな声が聞こえ、薫は疑問を剣心にぶつけた。
「だって、私が感じさせようとしても剣心てばすぐ正気に戻っちゃうじゃない!・・・・・やっぱり私じゃ貴方を満足させられない?」
最後の方は自信がなくなってきたのか、段々か細くなっていく。
剣心はといえば声と同様に間抜けな顔をして薫を見返していたが、やがてぷっと吹き出した。
「ちょっと、何吹き出してんのよ!こっちは真面目に聞いているのに〜」

目を吊り上げた薫に慌てて笑いを引っ込めたが、それでも頬が緩むのは抑えられなかった。

「ああ、すまぬ。薫殿がやけに深刻な顔をして切り出すから何かと思えば・・・・・ははは、その点は全く問題はないでござるよ。薫殿は充分魅力的だし」
「だって、さっき」
「それは薫殿も感じてなかったから」
「なんで分かるのよ?」
短い問答の末、剣心が一呼吸置いて薫の耳元で囁いた。










「本当に感じているときの薫殿はもっと美しい」
そう言って顔を起こした剣心の瞳は妖しく輝く。










耳に残る艶めいた声、そして男の瞳に宿る妖艶な光が、忘れかけていた薫の熱を呼び起こした。
それは剣心とて同じこと。
「薫殿・・・・・欲しい」
剣心から改めて彼女に深く口付けると、
「ん・・・はぁ・・・・・」

切ない喘ぎが唇の合間から漏れた。
いまだ薫の中にある剣心の分身がきゅう、とやさしく締め付けられる。

「薫殿は、拙者が欲しくない?」
「・・・・言わせないでよ、馬鹿」



潤んだ瞳で見つめ返す薫に先程の涙はもうない。



了承を得た剣心は、もう一度口付けてゆっくりと腰を動かし始めた。
やがて動きが早くなると同時に二人の息遣いも荒くなり、途切れ途切れに喘ぐ声も混じる。
「あんっ、あ、やあああ・・・!」
「ああ・・・薫、もっと鳴いて?」
「や、そんなコト・・・あああああッ」










ああ、やはり乱れる薫は美しい。










剣心は蜜壷の奥深くにある壺芯を先端で擦りあげるように突き上げて絶頂を促す。

「や・あ・・・っ、あぁん!!」
休みなく刺激を与えられ、理性が吹き飛ぶ寸前の薫。
無意識に逃れようとしても男の腕がそれを許さない。











何かに取り付かれたように剣心を翻弄した薫はもういない。

今目の前にいるのは『緋村剣心』という一人の男だけを愛しく想う女だけ。

あまりに純粋なその想いに何度助けられ、支えられてきたことだろう。











ふと思う。
なぜ、一年前に突き放すことが出来たのだろう。










関係のない彼女を巻き込みたくなくて。
彼女が傷つき、倒れる姿を見たくなくて。
見るもの全ての心に温もりを与えてくれる、あの笑顔を守りたくて。



でも結局彼女から笑顔を奪ったのは自分自身だった。



薫の心を傷つけたのは       間違いなくこの自分。










一年前に断ち切ろうとした想いは結局断ち切れず。
否、もとから断ち切ることなど不可能だったのだ。



「は・・・!綺麗だ、薫・・・」



彼女の乳首に軽く歯を立てると、敏感な箇所を責めたてられて薫は何も考えられなくなる。
やがて絶頂を迎える瞬間、薫の叫びが部屋に響いた。










「お願い・・・・・私を放さないで、剣心ッ!!!!」










おそらく本人も自覚していない無意識の訴えだろう。
だが無意識だからこそ、心底剣心だけを求めているのが痛いほど通じた。



「放さない・・・決して放すもんか・・・・!!」



ぞくぞくとした快感が全身を駆け抜け、目の前が真っ白に染まる。
達した瞬間、剣心は薫をきつく抱き、薫もまた剣心にしがみついた。




















情交の熱がひいても、二人の体は離れることはなかった。
それどころか、僅かな隙間さえ出来ぬほど、ぴったりとお互いの体を密着させていた。



       どのくらいそうしていたのだろう。



「私ね、ホタルになりたかった」

不意に薫がぽつんと言った。
「ホタルでござるか・・・?」
薫の顔を覗き込むと、小さく頷くのが分かった。
「・・・・・あの日見たホタルの光、私は一生忘れない。だけど、あの日以外に見たホタルの光も忘れられないと思う。不思議よね、同じホタルなのにその時によって違う光のような気がするの。だからこそ覚えているんだけど、それだけホタルの光って印象的なのかもしれないわね」










あの日感じた哀しい温もり、耳に残る言葉、そしてホタルの光。

その全てが薫の心に刻み込まれているように剣心の心にもまた消えずに残っている。










「確かに・・・そうかもしれぬな」
その時のことを思い出しながらつぶやく剣心に薫は続けた。
「これは母に聞いたんだけど、雌のホタルって一度産卵したらすぐ死んでしまうの。だから、雌のホタルは一生のうちで一匹の雄と出会うために光り輝くんだって。それを聞いてから、余計に心に残って」










ホタルは一夜の恋にその身を捧げる。
命を燃やすようにホタルの光は輝きを増す。



一夜の恋に全てを賭けて。
一夜の相手に全てを捧げて。



だからこそ、その光から目を離せないのだ。










「もし剣心と別れることがあっても、ホタルだったら覚えていてくれると思ったの」
いくつもの季節が過ぎ去ろうとも心の中に確実に残る。

あれは       貪るように剣心の全てを欲した薫は、ホタルそのものだったのかもしれない。










浅ましくても、はしたなくてもいい。
この先ずっと男の心に住めるのであれば       










「・・・やはり拙者はホタルより今の薫殿の方がいいでござるよ」
痛いほどに伝わる薫の切なさはそっと己の胸にしまいこみ、少女の顎に手を添えた。
そのまま音を立てて口付け、目を丸くする薫に悪戯っぽく笑った。



「ホタルではこのようなことはできぬであろう?」



薫は何か言いかけたが、剣心に力強く抱きしめられると、
「うん・・・そうね。剣心に抱きしめてもらえなくなるのはいやだもの」
恥じらいながらも幸せそうに抱きしめ返した。



家の外では、二匹のホタルが寄り添うように光り輝いていた。





















夜は輝いている
樹液の蜜を 光に変えながら 夜をきらめかせているのは
はげしくも切ない ホタルの恋 






















【終】



五月十四日といえば剣心が薫に別れを告げ、一人京都に旅立った日。
ケンカオラーの皆様にとっても忘れられない日になりました。

それが何で「裏」なんだというツッコミも聞こえてきそうです( ̄▽ ̄;)ははは

普段ならここまで長いと前後編に分けるんですけど、この話に関しては一つにまとめた方がいいかと思いまして・・・長すぎて読み疲れたという方、申し訳ございませんm(_ _)m

そんなわけでここからは自分勝手な解釈&言い訳↓



この日、別れを告げたほうも告げられたほうも深い傷を負いましたが、自分勝手な考えを言わせてもらえば剣心はまだ前に進んでいける。
同じように傷を負っても志々雄真実を止める、という目的に向かっていけるから。
でも薫はそうじゃない。
抜刀斎に戻ってほしくないと誰よりも願い、絶対に立ち戻らせないと思っていたのに剣心が自分の意思で旅立ったなら薫は何もできない。
「剣心は抜刀斎には戻らない」という希望があったのに、それが対斎藤戦で否定されてしまった。
希望を失った薫に残るのは「絶望」。
剣心と再会できましたけど、それでもこの日に味わった「恐怖」や「絶望」が完全に消えたわけではないと思います。
そしてそれは一年後の五月十四日、再び薫に思い出させる。

傷が癒されても完全に消えるわけじゃない。
ふとしたことで傷口が開くことだってある。

その時、なりふり構わず男を繋ぎとめようとするのは別に不自然なことではない、と思ってしまったのです。



剣心も忘れているわけじゃないんですよ。
ただ、この辺りは別れを「告げた」側と「告げられた」側で明確な違いが出るのではなかろうかと。
もしこれが逆の立場ならこれまた話も逆バージョンになるんでしょうが(笑)



たとえ想いが通じ合い、子供が出来て年を重ねても絶対に忘れない。

傷は消えない。
でも癒すことはできる。

毎年この日を迎えるたびに二人は特別な気持ちで過ごすんでしょうね。
悲しいだけじゃない、むしろこの日があったからこそ現在(いま)がある・・・・・数年先にはきっとそう思えることでしょう。



文中にある詩は高良留美子作「光る夜」。
見て分かるようにタイトルもここから拝借してます。
昔「神々の詩」という紀行番組が某TV局で放映されており、番組自体あまり見ていなかったんですが姫神のテーマ曲が好きで(笑)
たまたま見たのがホタルの特集で、それと番組の最後に流れた高良留美子の詩が心に残りました。

今回の小説はこの詩からイメージしたものです。
そんなわけでタイトルと詩を引用させていただきました。



参考:高良留美子著「神々の詩」(毎日新聞社発行)より抜粋