唇は全てを語る・・・・・・




















KISS OF LIFE



初めての口付けでは彼女の唇は固く閉じられていた。
あれから何度肌を重ねても口付けするときは薫の唇が必ずと言っていいほど震えていることに気付いた。



俺が怖い?



不安になる。
無理をさせているのではないか、と。
だからと言って薫に触れることをやめられるはずもなく。
ひとたび手を伸ばせば彼女を組み敷き、己の欲を解き放つ行為に没頭してしまう。










俺が怖い?










一言そう問えばいいのだが真実を知るのが怖い。

いや。

怯えを含んだ薫の瞳が己に向けられることが怖いのだ。



だけど。



もし彼女に我慢を強いているのなら。
恐れを押し殺し、俺のために全てを受け入れているのなら。










        そのほうがつらい。










だから問うた。
風呂上りでしっとりと匂いたつ官能的な香りに誘われ、己の思うままに彼女を抱きたいという衝動を必死でこらえて。



問うた瞬間、薫の瞳が見開かれる。
それを認めると同時に「ああやっぱり」と絶望に近い感情が通り過ぎた。

だがその後の反応は俺の予測を裏切るものだった。

彼女は顔を赤らめ、拗ねたような口調で一言。



「・・・・・そういうの、ズルイ」



予想外の言葉に何も返せずにいると、僅かな沈黙でも耐えられないかのように、
「私が何も出来ないからそう聞きたくなるのも分かるけど!しょうがないじゃない、恥ずかしいんだからッ」
真っ赤な顔で噛み付かれたが、そんなことは気にしていられないほど俺の頭は混乱していた。










唇が震えていたのは単に恥らっていたため・・・?










そうだ。
思い返してみれば唇が触れ合う瞬間は確かに震えているが、その後の行為に及べば震えは止まり、彼女は懸命に応えてくれるではないか。
毎日のように繰り返していることなのになぜ気付かなかったのだろう。



否、気付く余裕もないほど、俺は彼女に溺れきっていた。



あまりに単純明快な答えにたどり着き、知らずに顔が緩んだ。
それを見て何を勘違いしたのか、薫がふくれる。

「わ、笑うことないでしょ!?私は剣心が初めてなんだから当然じゃない・・・・」

語尾が段々小さくなっていく。
ついにはうつむいてしまった薫がとても可愛らしく、とても愛しく感じた。
俺は手を伸ばして彼女を引き寄せると、そのまま己の腕の中に閉じ込めた。
彼女は一瞬だけ体を固くしたが、やがて俺の体温に安心したかのようにその身を預けてきた。
艶やかな黒髪の感触を楽しんでから、一房手にとって口付ける。
そこから額、こめかみ、頬、鼻の頭に唇を落とし、彼女の顎に手を添えて上向かせると、軽く唇を合わせただけですぐ離れた。
薫は、というと拍子抜けしたような表情でこちらを見ている。
俺はくすりと笑ってそっと囁いた。










「今度は薫殿から        










薫が息を呑んだのが分かったが、そのまま続ける。

「何も出来ないということはござらんが、薫殿が望まれるなら拙者が教えて差し上げるが?」
「バ・・・・・ッ!」

おそらく「バカ」といいたかったのだろうが、言葉を切り、薫は俺を見つめた。
そのまま互いに無言で見詰め合っていたが、やがて意を決したように彼女の唇がきゅ、と引き結ばれた。
そして薫の両手が俺の頬を挟み込み、ゆっくりと顔を近づける。
俺は目を閉じて彼女を待った。









        お互いの唇が触れたと思ったら、温もりを感じる間もなく、すぐ離れてしまった。










「・・・薫殿、それでは何をされたか分からぬよ」
「だって、だって・・・・」
苦笑する俺とは対照的に、彼女は頬を染めて視線を泳がせた。



「簡単なことでござるよ。薫殿の唇で拙者を感じてくれればいい」



躊躇うようにちらちらと様子を窺っていたが、再び薫の顔が近付いた。
今度は啄ばむでも角度を変えるでもなく、ただ唇を合わせただけであった。

薫は覚えていないことだが、初めて口付けられたときもこんな感じだった。

そのときのことを思い出し、笑いがこみ上げたが寸前で引っ込める。
初めてのときと同じようにただ唇を押し付けてきた薫に、自分から動きたくなるのをこらえて俺は彼女の思うようにさせた。



どのくらい時が過ぎただろう。



彼女の唇が離れるのを感じ、俺は目を開けた。
「どうでござるか?」
「う・・・・ん・・・」
思案するように少し首を傾げていたが、唇に指を当てて思い出すようにつぶやいた。










「剣心の唇・・・震えてた」










そう言ってから薫は顔を上げた。
「剣心、怖いの?」



少し前まで俺が抱えていた疑問をそっくり投げかけてきたことに驚きを隠せなかった。



「ねえ、震えていたのは怖いから?」
同じことを繰り返し聞かれてようやく我に返った。

「いや、薫殿と同じ理由でござるよ」
「同じ理由って       

それ以上言わせぬように彼女の唇を己のそれで塞いだ。
いつもやるように何度か啄ばみ、唇の感触を味わうように軽く噛む。
唇が触れるたびに心が震えた。
時間をかけて丁寧に、ねっとりと口付けると、薫の体から力が抜けていく。
依然として彼女の唇は震えたままだったが、もう気にならなかった。
きっと俺の唇も同じように震えていると気付いたから。



不安と恥じらい、そして悦びのために。















今すぐ君とやわらかな真実を重ねたい。

だから。



口付けから始めよう。




















【終】

企画室


薫バージョンの「アンバランスなKissをして」から少し後の話・・・なんですが、実際書いたのはこっちが先だという裏話を暴露したり(笑)
江戸と越後から来たお嬢さん方と一緒にカラオケしたとき思いついた話をネタ帳に書いて放置ングしてました。

この話の前に剣心視点で一本UPしてあったんですよ。
んで、続けざまに剣心視点ってのもバランス悪いかなと思って急遽薫バージョンも出来上がったと。
剣心ってもともと自信家じゃないから、何かあるたびに悩んだり凹んだりしているんじゃないかな、と(特に薫に対して)
でも完全に薫に溺れちゃっているのがイイ。
だからこそ、ふと気付いた薫の様子に疑問を持って悩むがいいさ( ̄ー ̄)ニヤリッ

最終的には「やっぱり薫殿はカワイイでござるなぁ(*´∇`*)」となりますが(笑)

平井堅の歌は結構歌いやすいんですが、たまに低すぎる箇所もあり、最初とサビでかなり音程が違って苦しんだことも(^^A;アセアセ
想い合っている同士のとろけそうなキスシーンが書きたいんですけどねぇ・・・どうもコッチ方面は苦手かもデス;