白昼に、こうして交わる事を、
ふしだらとか、
恥ずかしいとか、
そんな風に今でも思っているけれど。
私の体を貫くたびに、あなたのせつない吐息を聞けば
そんなことはどうでもよくなって、
私はただあなたの思い通りの女になりたいと思ってしまう。
誰も店の前など通らないような、古びた水茶屋でのひと時が
私の体に少しずつうるおいを与えていく。
あなたの口付けが
あなたの愛撫が
私を女へと変えていく。
霧 雨
隣町に住む、知り合いの法事に呼ばれた帰り道。
近いからと山道を選んだことがいけなかった。
機嫌の悪い空は、やがて静かに泣き出し、今は霧のような雨が二人の体を濡らしている。
鬱蒼と茂る木々の中、私は恨めしそうに空を見上げた。
傘を持ってくればよかったと、独り言を呟きながら巾着袋から手拭を出せば、
彼はおもむろにそれを手に取り、私の頭や首を拭きだした。
「風邪をひいたら困る」
そういう彼も、濡れている。
霧雨と言うのは、案外に厄介なものだと思った。
ねっとりした雨粒が、しつこいほどに体を覆うのだ。
髪は素肌に吸い付き、毛先からぽたぽたと雨の滴を落としている。
「どうせなら、土砂降りの方がよかったね」
などと、雨の好みを笑いながら言えば
「どちらにしても、風邪をひく。どっちも好まぬよ」
と、少しだけ不機嫌な顔で手を動かした。
いかにせん、彼は過保護なのだ。
私に対して。
少しでも咳をすれば、やれ医者だ、薬だとうるさく言う。
出稽古で遅くなれば、門の前で行ったり来たりして弥彦に怒られる。
愛されているからだ、と妙さんは笑うけれど、
あまりに過保護が過ぎると、今度は逃げてみたくなる。
私はふと、彼の持つ手拭を取り上げ
「自分でやる」
と彼を睨んだ。私の中で、彼に対する意地悪な感情が、わずかに生まれた。
彼は私の目を見たが、
「ダメ。中途半端に拭くから」
と、取り合ってくれない。
私がいくら彼を突っぱねても、彼は私の気まぐれな感情などサラリとかわしてしまう。
髪を丹念に拭き、うなじに手拭を当てた時、彼の手が止まった。
「どうしたの?」
動きが止まったわけを聞きたくて、彼の顔を見たが、彼は黙ったまま私のうなじを見続けている。
「ねえ…どうしたの」
二回目に聞いたその声と同時に、彼の腕が私を包んだ。
「どこかで、休んでゆかぬか?」
彼の言葉に驚いて、顔を見れば、
「嫌?」
と、泣きそうな目をした。
彼は、私のうなじに、欲情したのだ。
「バカね、こんな昼間から」
私は彼の胸を押しのけて、再び彼を睨む。
「でも、欲しい。薫が、どうしても欲しい。」
その瞳は、まるで駄々っ子のようで。
決して離すまいと、再び回した腕に力を込めた。
「嫌か?」
瞳が潤む。
その瞳に、今度は私が欲情した。
私は、激しい口付けを体全体に受けていた。
彼は、部屋に入るや、着物を脱がせるのももどかしいといった風に、私にかぶさってきた。
障子を閉める音と、私の口からもれた「あっ」という小さな声は同時だった。
布団は少しかび臭い匂いがした。
恐らくこの霧雨のせいであろう。
雨は、全てを流すのではなく、隠れていた何かを、浮かび上がらせるのだ。
匂いも。
感情も。
時に、剣心の思いは厄介だ。
思いの強さが、私をがんじがらめにさせる。
愛してくれるのはうれしいけれど、
それと同時に孤独を感じる。
今のままが続くわけがない、と。
いつまでも二人でいられるわけがない、と。
忍び寄る現実を、嫌と言うほど思い知らされる。
二人でいる時間が濃いからこそ、私は一人を恐れるのだ。
それでも、その思いを覚悟した上で、私は彼を愛したのだけれど。
一抹の寂しさが、私を襲った。
さっき抱いた意地悪な感情はすでに消えうせ、その欠片もない。
かわりに彼を独占したい感情が沸き起こる。
もろもろのことなど、全て捨てて、このまま二人、溶けてしまえばいいのだと。
そうすれば、私は彼を失う恐怖から解き放されるのに。
帯が、畳の上で、ぐるりとうねっている。
口付けをされながら、私は帯を取られ、着物を脱がされ、ついには一糸纏わぬ姿になった。
彼は私を満足そうに見ると、再び口付けを落とした。
彼の無骨な手の感触が、欲情した私の体をまさぐっていく。
「嫌じゃないでしょう?」
耳たぶを舐めながら、彼が囁く。
「あ…ん」
私は、返事の代わりに、喘いで見せた。
私を壁に向かわせ、手をつかせた。
明るい方へ、厭らしいほどに突き出した私の下半身は、
彼を満足させるには充分だった。
彼は畳みに膝を着き、目の前に突き出した私の陰部を、更に押し広げた。
「や…」
羞恥の声が出てしまう。
「いい、の間違い、でしょ?」
彼はそう言って、再び私のその部分を押し広げた。
見られれば見られるほど、私は欲情していく。
「こんなに濡らして。薫も、欲しいんだ」
明るい部屋だから、余計に欲が煽られる。
「どうして欲しいの」
私は、返事の変わりに腰を軽くくねらせた。
「それじゃあ、わからないよ。ちゃんと言って」
「…な、めて」
「…厭らしい女」
彼が、声なく笑った。
ざらりとした舌の感触が、私の下腹部に広がる。
こういうとき、彼は、意地が悪い。
さんざんに焦らして、私を翻弄する。
多分、私は、ひどく淫らな格好で、彼の愛撫を受けているのだろう。
白昼に。
こんな所で。
この時間なら、まだ人は汗水流して働いている時間だ。
しかも、つい先ほどまで、亡くなった故人を思い、
心を込めて手をあわせていたというのに。
その負い目が、私を更に煽っているのか。
私は彼の魔法にかかったように、彼を欲していた。
「これだけじゃ、満足、できないでござろう?」
彼は意地悪く聞いた。
私の返事を聞かぬうちに、彼の指が私の中に入っていく。
私は軽い悲鳴をあげた。
指を出し入れするたびに起こる淫靡な響きは、明るく静かな部屋に響いていた。
破れた障子の隙間から、霧雨が家々の屋根を濡らしている様子がわかった。
鉛色の空が、何故か眩しく感じられて、腰を揺らしながら、私は目を閉じた。
絡み合う私たちは、どこか似ている。
いつも寂しくて、ぬくもりを求めている。
互いの熱を、自分の体に流したいと思っている。
彼は男の部分を、私の陰部にあてがった。
わたしのそこは、彼のものを欲していたが、彼は簡単に与えはしない。
片方の手で私の乳房を弄り、片方の手で男の部分を私のそこにあてがい、
焦らす。
私の言葉を待っているのだ。
私が、雌になる瞬間を待っているのだ。
私が堪らず
「お願い」
と請えば、冷たい笑顔で私を貫く。
激しい律動は、私を高みへといざなう。
奥まで突かれたそこは、貪欲に彼を欲し、女から雌へと変わっていく。
誇りも何もかも捨てた私は、浅ましいほどに彼を求め、やがて果てた。
体に布団を巻きつけ、彼の胸に納まれば、彼は私に口付けした後、少しだけ照れた顔をした。
「怖いのでござるよ」
彼は、言う。
「薫殿が、どこかへ行ってしまいそうで、怖いのでござる」
ああ。そうか。
彼の瞳の中には、私の屍が、まだ消えていないのだ。
だから、激しく私を抱くのだ。
私が彼から離れぬように。
私が彼を見失わぬように。
大丈夫。
私は、消えはしない。
あなたの傍から、決して離れはしない。
例え、離れて暮らそうとも、私の心は、消えはしない。
なぜなら、私もあなたと同じ思いだから。
蛍舞う暗闇の中で、一人きりになった寂しさを、覚えているから。
そう。霧雨が肌に吸い付くように、
私の思いは、あなたから離れる事などないのだから。
私は体を起こした。
彼は私を後ろから抱きしめ、一緒に空を見つめている。
霧雨はまだやまない。
もうしばらくこうしていよう。
彼の体温を背中で感じながら。
今、こうして二人は一緒にいるのだと
確かめながら。
【終】
裏小説大スキーな皆様・・・お待たせいたしましたッ
かおり様から開店祝いの裏小説をいただいてしまいました♪
いやもう、σ(^^)の駄文を置くよりかおり様の小説があれば十分ですよ!
タイトル「霧雨」。
これってホント、うっとおしいんですよね〜
雨と呼ぶには粒子が細かすぎて、でもねっとりと体にまとわりつく感じは薫じゃなくても正直苦手。
そんな霧雨をこーんなステキな小説にしてしまったかおり様・・・
何だか霧雨が好きになれそうな予感。
霧雨が降ると同時にかおり様の小説を思い出し、一人へらりと笑うレディ(怪)
「人誅が終わって、傷も癒えたあたり、とでもいいましょうか。
互いに、口には出さないけれど、一人になることが不安で いつもぬくもりを求めていたい、という感じの二人を描いてみました。」
(かおり様からのメールより抜粋)
霧雨のように絡みつく想いは人を縛り付ける。
でも、その想いの根底にあるのは「寂しさ」、そして「恐れ」。
それを振り切るかのように薫も剣心もお互いを求める。
否、求めずにはいられない。
そんな剣心と薫の心情を見事に表現された逸品です!
さすが女王、大人のオンナを感じさせますな( ̄ー ̄)ニヤリッ
雨でしっとりと濡れたうなじ・・・剣心じゃなくてもムラムラきますッ
しかも真昼間から・・・ええ、萌えますよ、萌えポインツクリーンヒットですよッ
σ(^◇^;)の好みを見事に捉えた小説でございました(笑)
かおり様、開店祝いにこんな素敵な小説をありがとうございました!!
