【閑話】



天は青く、乾いた風が流れる。

「困った・・・」

これ以上ないほどの洗濯日和だというのに、主夫である剣心の口からなぜ逆の言葉が零れるのか。
洗濯物を干す手も止まり、困りきったようなため息が吐き出される。
「なかなか、難しいものでござるな」



妙から話を聞いて早数日。
あの時も小物屋でりぼんを物色したが、妙が横で呆れ果てるほど全く関心を向けられない。



こういうことにはとんと疎い剣心、店主まで出てきて様々なりぼんを見せてくれたが更に混乱してしまうという始末。
終(しま)いには妙に任せようとしたら、逆に怒られた。
「あきまへん!剣心さんが選ぶゆうことが重要なんどす!」










そう言われても・・・










剣心は二度目のため息を吐き出した。
妙の思惑はともかくとして、剣心としても新しいりぼんを薫に贈りたいと思っている。
その気持ちは、駄目にしてしまった藍色のりぼんが義父の形見であることを聞いてからより一層強くなっている。
・・・・・が、実際手に入れようとすると色とりどりのりぼんに却って目がちかちかするような有様だ。
三度目のため息を吐き出そうとした時、玄関先から聞き慣れた声がして、剣心は自分のいる場所を告げた。



「おう、邪魔するぜ」
「左之・・・に、恵殿も。どうしたのでござるか、その荷物は」



左之助が抱えてきた大きな箱を見て目を丸くする。
「俺のじゃねぇよ、こいつだこいつ」
両手が使えないために顎で後ろをしゃくると、
「仕方ないでしょ、私だって断りきれなかったんだから」
黒髪をなびかせた恵が会釈し、剣心も笑顔で返した。

武田観柳の事件が終わり、恵が小国医師の助手として働き始めてから早数週間。
すっかり仕事にも慣れた様子だ。

「恵殿、一体これは何でござるか?」
とりあえず縁側に誘(いざな)う。
剣心が口を開く前に当たり前のようにどっかり腰を落ち着けた左之助は今夜もきっと夕餉をたかる気だろう。
一方の恵は、行儀よく腰かけてから話し出した。
「実は、往診の途中で具合の悪そうな人を見かけて介抱したんです」



そこまでは普通の話である。
普通でなかったのはその患者は異人だったということ。



「そばに通訳の人もいて状況は分かりましたから、すぐ処置をして大事には至らずに済みました。ただ、その異人の方にいたく感謝されまして、これをお礼にと」
当然恵は断った。
彼女からしてみれば医者の本分を全(まっと)うしただけなのだから。

「ですが何度お断りしても相手の方もどうしても、と引き下がりませんの。通訳の人も困り果てた様子でしたし、私もその場に立ち往生しているわけにはいかなかったので仕方なく受け取ったんですけど・・・・・」
「まぁ恵殿からすれば気が引けるのは当たり前でござろうな。しかし、相手からそこまで感謝されたら受け取らないのは却って失礼になるやもしれぬし」
「いえ、そうじゃないんです。もちろん、お礼を受け取ったこともそうですけど」

いつも理路整然とした説明をする恵にしては珍しく歯切れが悪い。
代わりに隣に腰掛けた左之助に目で問うと、
「これは説明するより見たほうが早いだろ」
と言ってそばに置いてあった箱を開けた。
中身を見た瞬間、剣心も言葉を失う。
「な?女狐がこうなっているのも頷けるだろ?」
「なるほど・・・確かにこれは受け取ったところでどうにも出来ぬな」










箱の中身は濃い真紅のドレスであった。
色だけ見ると華やか過ぎる感はあるが、胸元に落とされた藍色がそれを和らげている。










「すぐ返そうとしたんですけど相手はもう行ってしまったし、どこの誰とも聞いていなくて・・・高価なものかもしれないとは思いましたけど、まさかドレスなんて」
洋服は普及しつつあるが、さすがにドレスともなると市井(しせい)の者が着る機会などない。
すっかり困惑した恵に対し、
「確かにお前じゃもらっても用がねえよな。よし、そんじゃこれは俺がもらってやらぁ」

ドレスに伸ばされた左之助の手をすかさずひっぱたく。

「アンタの考えはお見通しよ!どうせどこかに売り飛ばす気でしょ」
「いいじゃねえか、別に。返そうたって相手が分からなけりゃ意味ないだろ」
「そ、それはそうだけど・・・」
もっともな指摘に怯む。
二人のやり取りをよそに剣心はドレスに見入っていたが、誰に言うともなく口を開いた。

「ならば拙者が頂いても問題はなさそうでござるな」

剣心の口から発せられた言葉に左之助と恵が凍りついた。
「おい剣心」
左之助が至極言いにくそうにぎこちなく問いかけた。



「まさかお前が着るのか?」



今度は剣心が固まる番だった。





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