【閑話】



ざくり、ざくり。



一歩踏み込むごとに柔らかい砂に足が沈む。
それを抜き、歩き出すとまた沈む。
足が重い。
一体どのくらい歩いたのだろう。
そもそもどこから歩き始めたのかもすら、分からない。

あの山を越えれば何か見えるかもしれない。

希望を抱き、薫は歩く。
何度か足がもつれたが、砂丘を登っていく。
頂上に辿り着き、期待に胸膨らませていた薫の表情が消える。
砂丘の向こうは砂漠でしかなかった。
町も、人も、木も、何もない。
あるのは白い雲の立ち込める空と無限に広がる砂漠。
早くここを抜け出したい。



「あっ」
ずしゃっ。
砂に足を取られ、薫の体が砂の大地を転がった。
起き上がるのも億劫で、うつぶせのまま目を閉じた。

もう一歩も歩きたくはない。



そのまま動かなくなった薫だが、人の気配を感じて目を開けた。
いつの間にか、誰かが近くに立っている。
顔を上げて確かめようとしたが、疲労が残っている体は言うことを利かない。
ひやりとした手が薫の頬に触れた。
ほっそりとした指先と、さらりと揺れる長い髪がかろうじて見え、そこにいるのが女性であることが分かった。
眼球を動かして顔を見るが、髪に隠されていて見えない。
触れる手の大きさや体格からすると薫と年齢が変わらないような気がするし、もっと年上のような印象も受ける。
うつ伏せになったままの薫の耳に彼女は口を寄せた。



「あなたのせいよ」



その声は触れる手より更に冷たく、薫の心を凍らせるのに充分だった。
今の言葉は自分に対して告げられたのだろうか。
こらえてきた感情を凝縮したような声は静かではあるがそれだけ胸に突き刺さる。
(一体誰なの?私のせいって何のこと?)

立ち上がり、理由を問い詰めたい。
体は相変わらず重いが、動かせないことはない。

女性の手が離れ、気配が遠ざかっていくことに焦りを感じつつ、薫は腕で上体を起こそうと試みる。
「待って・・・!」
やっとのことで顔を上げるが、女性は既に背中を向け砂塵の中へと消えていく。
「ねぇ、待ってったら!」
立ち上がり、大地を蹴るとずぶりと砂に足を取られた。
それでも懸命に走り、追いつこうとする。
二人の距離が完全になくなるまであと少し。



手を伸ばし、女性の服を掴んだ     というところで世界が変わった。



そこはもう砂漠ではなく、不規則な木目が並ぶ天井。
(夢     )
見慣れた自室で、鈍痛を訴える頭を押さえた。
とてもじゃないが爽やかな目覚めとは言えない。
(たまに眠れたと思えばこんなだもの)

時々眠りに落ちることがあるが、そういう時は決まって妙な夢を見るのだ。
砂漠を延々と歩き続ける夢を。

しかし今日のように他の誰かが出てきたのは初めてだ。
(失った記憶の糸口になるかもしれない)
見た夢を思い出してみる。
顔は分からないが、自分を知る女がいたのだ。
彼女が薫に向ける感情は決して友好的ではないだろうが、手がかりは手がかりだ。
(何だか余計に私の過去がろくでもないものになってきたわね)
小さくため息をついて、体を起こした。
締め切られた室内にふと感じたのは風の気配。
その中で覚えのある気配が向かってくるのを感じた。
おや、と考える間もなく元気な呼び声一つ。
失った記憶のことや夢の内容はひとまず後回しにして、薫は来客を迎えるべく羽織を手にして外へ出て行った。
一足早く迎えに出たもう一つの馴染んだ気配を感じながら。







戻る