今宵も君に会いに行く 〜ケンカオ御神渡り伝説〜



周りを山に囲まれた地にそれはそれは美しい湖がありました。
この土地は海に恵まれない代わりに川や湖と言った水源が数多く存在していました。

湖の周りにはいくつもの国があり、その中でも最も大きい領地を治めているのは赤い髪のお殿様。

小柄なお殿様でしたが、領民にも慕われており、更なる領国の発展のために家来達は一日でも早く奥方をと望んでおります。
しかし、当の本人は曖昧な笑みで誤魔化しその話題から逃げてばかり。
お見合い話を持ってきても全く興味を示しません。



このお殿様は女人に興味がないのか、と家来達が心配し始めた頃。



湖に船を出していると、同じように舟遊びに興じるお姫様と出会いました。
湖の向こうに住むこのお姫様はとても愛らしく、明るい性格の持ち主でした。
ひと目で恋に落ちた二人でしたが、遠く離れているため会うことすらままなりません。
それでも忙しい合間を縫って相手に会いに行ったり、手紙のやり取りをして愛を育んでいきました。










そしてこの春、お姫様は正式にお殿様の奥方になり、会えなかった時間を埋めるかのように二人はどこに行くにも一緒でした。
お姫様は見るもの全てに興味を示し、そのたびに喜んでいましたが、お殿様もそんなお姫様を見て幸せそうに頬を緩ませていました。










お姫様の行く所ならどこにでもついていくお殿様でしたから、仕事もたまる一方です。
最初の頃は家来達も微笑ましく見守っていましたが、ちっとも仕事をしようとしないお殿様にそれとなく注意を促したこともありました。
しかし。
「拙者も今日こそはと思うのだが、体が勝手に薫殿のそばに行ってしまうのでござるよ」
お姫様LOVEなお殿様には最早何を言っても無駄でした。
家来達もほとほと困り果て、ついにはお姫様からも、
「剣心、ちゃんと仕事しなくちゃダメでしょ!仕事をさぼって一日中鼻の下を伸ばしている男の人なんて、嫌いよッ」
と叱られる始末。
すっかりしょぼくれてしまったお殿様。

さすがに言いすぎたと思ったのか、お姫様も時々差し入れを持って様子を見に来ました。
何だかんだ言いながらもお互いに対して甘い二人なのでした。















ところが、寒くなるにつれてお姫様の笑う回数がめっきり減ってくるようになりました。















お付きの者達が外に誘い出しても首を横に振って部屋に閉じこもってばかり。
心配したお殿様は思い切って理由を尋ねてみました。
「薫殿・・・最近、元気がないようだがどこか具合でも悪いのでござるか?」
「ううん、何もないわよ?」

答えとは裏腹に、お姫様の笑顔には今までのような明るさがありません。

「もし何か理由があるなら正直に言って欲しい・・・ハッ!もしや拙者と結婚したことを悔やんでいるのでござるか!?」
頭に浮かんだことをそのまま口にすると、お姫様の顔が真っ青になりました。
どうやら自分の言葉にショックを受けたようです。
「そんなことあるわけないでしょ!後悔するくらいなら最初から結婚なんてしないわよッ」



お姫様の言うことはもっともです。
出かかった涙は引っ込み、お殿様はほっと胸をなでおろしました。
しかし、疑問は残ったまま。



「それならば一体どうしたのでござる?」
「だからどうもしてないって!ただ寒いから動きたくないの!!」
「さ、寒いから?」
お姫様の答えは予想していなかったものでした。
目を丸くしているお殿様でしたが、じろりと睨まれるとわざとらしく咳払いをひとつ。
「そういえば、薫殿が住んでいた所は温暖な地方でござったな」
「うん・・・話には聞いていたんだけど、まさかここまで寒いとは思っていなくて       










もともと寒さに弱いお姫様。
お殿様のことが好きで嫁いで来ましたが、この冷え込みは予想以上だったのでしょう。
そのうち慣れると頑張ってきましたが、日が経つにつれ寒さは厳しくなるばかり。










毎日火鉢を抱え込むようにして日々を送っていましたが、ずっとそこから離れずにいることはできません。
色々悩んだ挙句、お姫様はついにこう切り出しました。
「あの・・・剣心?」
「ん?何でござるか?」
まっすぐこちらを見つめるお殿様の目をまともに見ることが出来ず、お姫様は一瞬だけ視線を外しました。
しかし、意を決したように顔を上げると、お殿様と向き合ってこう言いました。



「お願い!私を実家に帰らせてッ」



「じ、実家に!?やはり結婚したことを悔やんで       ?」
あまりのうろたえようにお姫様は慌てて首を横に振りました。
「違うの、そうじゃなくて。冬の間だけ帰らせて欲しいの。春になって暖かくなったらまた剣心の元へ戻ってくるから」
「冬の間だけ・・・・・」
いくら冬の間だけと言われてもお姫様と離れ離れになることなど考えられません。
しかし、その思いはお姫様とて同じ。
お殿様と一緒にいたいがために今日まで一人で悩みを抱えていたのです。



       拙者のわがままでこれ以上薫殿を苦しませるわけにはいかぬ!



お殿様は寂しさを穏やかな表情で隠しました。
「分かった。冬の間は向こうに戻ってのんびりしておいで」
「剣心・・・いいの?」

お姫様の大きな瞳が更に見開かれました。
お姫様のいるところいつでもどこでもべったりくっ付いていたお殿様がすんなり快諾してくれるとは思っていなかったのでしょう。

お殿様は、信じられないようにこちらを見つめるお姫様の手に自分のそれを乗せました。
「初めての者にこの寒さは辛い・・・それなのに薫殿は今日までよく頑張ってくれた。むしろ、感謝しているのでござるよ」
「剣心・・・!」
心底嬉しそうなお姫様の笑顔。
これほどまでに輝くような笑顔は本当に久しぶりです。




















やがてお姫様が旅立ち、殺風景な屋敷内には余計に寒々しさが漂いました。

無事彼の地に到着したお姫様からは三日とおかずに手紙が届けられました。
その手紙からお姫様の元気そうな様子が伝わり、お殿様は自分のことのように嬉しく思いました。
それでも手紙だけではお殿様の心は満たされません。




















昼間はなるたけお姫様のことを考えまいとして忙しく働いていましたが、夜一人になると恋しさが募ります。
「春になればまた戻ってくる」と自分に言い聞かせて寂しさを紛らわせようとしましたが、それももう限界でした。










ある夜のことです。
生まれたときから馴染みのある屋敷でお姫様が休んでいると、



「薫殿、薫殿」



すぐ近くで懐かしい声が聞こえ、目を開けるとそこには何とお殿様がいるではありませんか。
「け、剣心?ちょっと、何でここにいるのよ!?」
この場合、驚くなというほうが無理でしょう。
だってお殿様とは今、遠く離れて暮らしているのですから。
口をぱくぱくさせて言葉にならないお姫様に、お殿様はにっこりと笑いかけました。

「何でって、妻の顔見たさに夫が忍んできてはいかんのでござるか?」
「忍んできたって・・・!」

唖然とするしかないお姫様に対し、お殿様は涼しい顔。
さわやかな笑顔に悪びれる様子はまったくと言っていいほどないようです。



お殿様の足の速さは神速と呼ばれるほど。
本気を出せばお姫様に会いに行くことなど造作もないことです。



「でも誰かに見つかったら」
「拙者がそんなヘマをするとでも?       それもと薫殿には迷惑でござったか?」
「!そんなことないッ」

お姫様は弾かれたようにお殿様にしがみつきました。
       それがお殿様の思惑と知らず。

「私だって・・・会いたかった!」
お姫様の言葉を聞いてお殿様は満足そうに口角を上げました。
そのまま抱き寄せると、お姫様の体が自然と胸におさまりました。



顔を上げると二人の視線が絡まり、そして       ・・・



「・・・ひと目見て帰るつもりだったが、それだけでは足りなくなった」
首を傾げるお姫様の瞳には長い口づけの余韻が残っていました。
お殿様はくすりと笑ってゆっくりとお姫様を押し倒します。
ここでやっとお姫様は、お殿様がやろうとしていることに気付きましたが、発しようとした言葉ごと唇を奪われ、そのまま夜具に沈み込みました。
しばらくは抗(あらが)うようにもがいていましたが、いつの間にかお姫様の腕は緋色の髪を包み込んでいました。















こうしてお殿様は連日のように夜這いに・・・いえ、お姫様のもとを訪れるようになりました。
夜が更け、見張りのものが遠ざかったのを見計らってから屋敷を出て、朝日が昇る前にまた戻ってくる。
もちろんやることをしっかり済ませてから。

「も・・・今日はしないって言ったじゃないッ」
「ほらほら、声を出しては誰かに聞かれてしまうでござるよ?」
「あ!そんなとこ触っちゃいやぁ・・・」
「ん?そんなとことはどんなとこでござる?」
「剣心の、いじ、わるぅ!」

離れて暮らしているはずのお殿様とお姫様が夜な夜な睦いでいることに誰一人気付く者はいません。















そんな毎日がひと月ほど過ぎたある日。
お殿様は張り切りすぎていつもより遅くなってしまいました。



「今から帰ったら誰かに見つかるかもしれぬ。かと要って、この道以外で早く帰れる方法など・・・」
外に出たお殿様は弱りきったようにつぶやき、周りを見渡しました。
道以外に見えるのは目の前に広がる湖だけです。



凍っている湖を見て、妙案が浮かびました。
「この上を走っていけば夜明け前には屋敷に戻れるでござる!」
お殿様は湖の上に足を乗せてそのまま全力で走り続けました。
しかし、自分の領地が見え始めた頃、氷が薄くなっていることに気付きました。
見れば東の空が白みはじめています。
みしみしと氷が割れる感触が足の裏から伝わりましたが足を止めることはできません。
全力疾走するお殿様のすぐ後ろでばりばりと音を立てて氷が崩れていきます。










お殿様が渡りきるのが先か、氷が割れて足場がなくなるのが先か       










死に物狂いで走り続けたおかげで、お殿様は誰にも見つからずに屋敷に戻ることが出来ました。
「ふぅ・・・何とか間に合ったでござるな」
何事もなかったかのように自室で朝を迎えたお殿様ですが、今までずっとお姫様のもとに通っていたことは周知の事実となりました。

なぜなら、湖の上にはお殿様の走った跡がくっきりと残っていたのですから。

更にはお姫様の首筋が赤くなっているのを見つける者もおり、もはやお殿様に言い逃れは出来ません。
こうしてお互いの国ではこの話題で持ちきりになり、自然とお殿様とお姫様の耳にも入るようになりました。



「もー!だから見えるところには付けないでって言ったのに〜!」
「すまぬ、つい夢中になって・・・しかし、氷が割れなければただの虫刺されで言い逃れできたのだが」
「冬に虫刺されなんてあるわけないでしょ!?もうやだ〜!恥ずかしくて春になっても戻れないわよーッ」
「そ、それは勘弁して欲しいでござるぅ〜!!」



お姫様しかいないはずの寝所からお殿様の声が聞こえても咎める者はいません。
噂が広がり、これでお殿様も自重すると思いきや、
「ばれてしまったことは仕方ない・・・しかしそのおかげで昼間でも薫殿に会えるでござるな」
と、仕事を放り出して屋敷を抜け出すようになってしまったとか。

昼夜関係なく訪れるお殿様に辟易し、更には家来からも懇願され、お姫様は予定を早めてお殿様の元に戻ることになったのでした。










「うう、やっぱりこっちはまだ寒いわね・・・」
「簡単なことでござる!寒ければ拙者が薫殿を温めればよいのでござるよ!」
「へ?やだ、ちょっと剣心〜!!?!?」










こうしてお殿様とお姫様は末永く幸せに暮らしましたとさ。






【終】

企画室



地元の民話をネタに書き上げた代物。
近所・・・というわけではありませんが、同じ県内にある湖の伝説です。
顛末は同じでも色々違いがありますが、σ(・_・ )が初めて読んだ民話はこの駄文に近い話でした。
だからといって、



断じてこんなバカップルの話ではありません。



男神が喧嘩してしまった女神にこっそり会いに行った、という話は聞いたことありますけど。
アニメ版るろでもちょろっと御神渡りに触れていましたね・・・本当にちょろっと、ですが。

御神渡りについての詳しい記述はこちら↓ 
ttp://www.city.suwa.nagano.jp/scm/dat/special/omiwatari/
※最初にhを付けてください

御神渡りの亀裂でその年の凶事など占います。
発生しなかった年は不作になるとか。
あとは武田信玄の墓が湖の底にある、なんて話もあります。
・・・って関係ない話ですみません;

σ(^◇^;)の脳内では一応ギャグなんですけど、文章にするとこんなんなりましたorz
薫殿にベタぼれで、しかもそれを面に出す剣心ってのはあまり書いていないなぁと思いまして。