外を見れば雲ひとつない秋晴れの空。
こんな天気の日にはどこかへ出かけたいと思うけど、職業柄そういうわけにもいかない。
・・・・・まあ、いいんだけどね。
いつ患者がくるか分からないし、仮に出かけてもそっちの方が気になってすぐ戻ってくるだろうし。

ああ、苛々する。

出かけられないことが、じゃないのよ?










私の苛々の原因はコレよ、目の前で遠慮なしに和菓子を食べまくっているこのトリ頭よ!!



















目だけ向けて、あれ?と思った。
コイツが持ってきた和菓子って結構上等なものじゃない?
しかも・・・いつもなら絶対持って来そうにない上生菓子。
黄色い生地に餡子を入れてそれを銀杏の葉にしたものとか、練切を綺麗な菊の花にしてあるものとか、色の違う羊羹の上に可愛らしい紅葉の練切がちょこんと添えられているとか。
似合わないもの持っているとは思ったけど、綺麗なお菓子は見ているだけで心が浮き立っちゃう。
おいしそうだけど、目でも楽しめるっていうか。
左之助はそういう情緒ってもんがないのよね。
手に掴んだと思ったら口に放り込んでいるし。



「ちょっと、アンタの食べっぷりを私に見せ付けるために持ってきたわけじゃないでしょう?」
嫌味たっぷりに言ってやると、
「何だよ、食いたいのか?」

けろりとして言うのね、そういうことを・・・



ため息一つ吐き出して、私は左之助と向き合った。
「・・・・・見せ付けるようにしておいて、それで一つも分けてくれないなんてアンタもずいぶんケチな男ねぇ」
「あぁ?おめえが何も言わないのが悪いんだろ?なんでぇ、てっきりいらないのかと思ったぜ」

ここまで都合よく考えられる頭ってのはある意味興味が湧くわね。

呆れて何も言えずにいると、左之助がほれ、と和菓子の入った箱を差し出した。
私は無言で寝台に腰掛けている奴の前に座り、箱を覗き込んだ。
いくつか残っていることに安堵したが、幸い左之助には気付かれていないようだった。



数秒迷ってから手にしたのは白と朱色が混ざっている練切。
小さなトンボが添えられているのが秋の夕暮れを思わせた。
筒型になっているのは中にこしあんが入っているからだろう。



すぐに食べることはせず、じっくり目で楽しんでいると、
「おめえ、食わねえんだったらくれや」
横から手が伸びてきて慌てて避けた。
「誰もいらないなんて言ってないでしょ!食べ物が絡むと本当に意地汚いわねッ」
「なら早く食えよ。おりゃ、てっきり食いたくねえのかと思ったぜ」










言い返そうとしたがやめた。
コイツに風情云々を語るだけ無駄だろう。










「剣さんだったら違うんだろうけど」
「あ?剣心が何だって?」
あら、声に出しちゃった。
「別に・・・ただ、剣さんだったらどこかの誰かさんみたいにがっつくことはないだろうな、と思っただけよ」
「普通目の前に菓子があれば食うだろ」
他にどうしろってんだ?と目で問いかけてきたがそれは無視して和菓子を一口かじってみた。
上品な甘さが口の中で溶けた。

確かにおいしいけど、最初に感じた疑問が更に深まる。
傍らに投げ出された包み紙に秀麗な字で『まるやま』と書かれているのが見えたが、ここはおいしいと評判の和菓子屋だ。
そしてそれなりに値段も高い。

コイツがここまで気を配るとは到底思えない。
「あんたにしちゃずいぶんと珍しいものを持ってくるじゃない」
もう一口かじって練切のもちもちとした食感を楽しみながら聞いてみると。
「ああ、こいつはもらいもんでな」
「そうでしょうね」
こんな高級そうなお菓子、自分で買うわけないしね。
そう思いながら三口目を口にしようとした。

「『しまゆう』って料亭知ってるか?あそこに勤めている娘に買ってきてもらったんだ」



動きが止まった。
ちょっと待って、『しまゆう』って確かに料亭だけど、二階の座敷じゃ仲居が客を取って・・・つまり、艶町にある店と同じことしているんじゃなかった?



「俺は相手してもらったこたねえけど、色っぺえ女だったぜ」
左之助もどんな店かは知っているらしい。










じゃなくて!
そういう話を私にするのか、この男はッ



何食わぬ顔して違う女の話なんてしないでよ・・・
そりゃ、恋人同士ってわけじゃないけど。

二人だけの時に空気が違うと感じたのは私だけなの?

左之助だって、同じように感じてくれると思っていた。
自惚れるわけじゃないけど・・・少しやさしさが足りないんじゃない?










黙り込んでしまった私の神経を逆なでするように更に一言。

「・・・妬いてんのか?」

左之助の台詞を頭の中で反芻することたっぷり数秒。
ふ、と唇が皮肉るように歪んだのが自分でも分かった。
「何で私が?妬く必要のある間柄でもあるまいし」
前にいる左之助の片眉が上がった。
それを見ないようにして私は和菓子を食べることに集中した。



ああ、何でこんな可愛げのない言い方しかできないんだろう。



何か言いたくても何も言えなくて、結局私はうつむいて咀嚼(そしゃく)しているしかなかった。
味なんて分からないまま飲み込もうとしたとき、










「なーに言ってんだよ。この前ちゃんと『好きだ』って言ってやったじゃねえか」
勝ち誇ったように言われて思いっきりむせた。










「げほっ、げっほげほ!!」
幸い口の中のものは飲み込んだから吐き出すことはしなかったけど、
「げ、汚ねッ」
左之助の奴、大げさな動きで立ち上がるとそのまま机の上にあった湯飲みを差し出した。

「全く、何してんだか・・・」
「ア、アンタが変なこと言うからでしょう!?」

差し出された湯飲みをひったくるようにしてそのまま一気に流し込むと少し落ち着いた。
「そんなことより!いつ『好きだ』なんて言ったのよ?」
「はぁ?言ったじゃねえか、しっかりと!!」
「だから、い・つ・よ・ッ」
声が高くなったがそんなことに気付かないほど私は平静さを欠いていた。



言われてないわよ、そんなことッ



「覚えてないのかよ」
噛み付かんばかりの私に左之助は圧倒されたように少し身を引いてた。
「覚えていないも何も、そんなことがあったこと自体今初めて聞いたわよ!?」
「あの時お前だって一緒にいただろうがッ」
立ち上がって更にまくしたてると私の剣幕に触発されたように左之助の声も高くなる。
「先週、嬢ちゃんとこで飲んだときに言ったはずだぜ」
「は?先週?薫ちゃんのところ?」
思い出してみる。










先週・・・薫ちゃんの所・・・この場合、神谷道場よね。
飲んだって言っても、あそこで飲んだことなんて数え切れないほどだし。










なかなか思い出せないでいる私に痺れを切らしたのか、左之助が分かりやすく説明してくれた。
「だーかーらー、嬢ちゃんにまだ何も伝えてねえって剣心が言いやがるから、そんなら俺が見本見せてやるって・・・」
「あ・・・ぁぁぁあぁあああぁぁあーーーーーッ!!!!!」



あまりに馬鹿らしいことだったから記憶から抹消していたのだ。
それが蘇り、素っ頓狂な声を上げてしまった。



「俺が告白してやったってのに、それをおめえってやつは・・・!」
「アレを・・・あんなふざけたものを告白って言い切るアンタの神経を疑うわよッ」
「何だとコラァ!一世一代の告白をふざけたものだぁ!?」
「お酒の席で言われて信じられると思う?あんなの、告白だなんてぜっっっっったいに認めないからね!!」
ビッと中指を立てた私に対して左之助の親指が下を向く。
そのまま双方膠着状態に入り、睨みあうが。










「・・・やめましょ。アンタにまともな告白できっこないんだから無理しないほうがいいわよ」
「・・・悔しいがおめえの言う通りかもな。第一、お互いの気持ちが分かってりゃ、こんなこと言う必要もねえだろ」



『お互いの気持ちが分かっていれば』
それってアンタと私は同じ気持ちだって思っていいの?
素直に嬉しいけど、『言う必要もない』と言われてがっかりした自分がいる。



・・・ま、コイツが真面目に「好きだ。俺の女はこの世でお前しかいない」なんて言われてもまともに受け入れられそうにないけど。
反射的に額に手を当てて「熱あるんじゃない?」とか言いそうだし。










愛し方に答えがないことは分かっているけどねぇ・・・
「はぁ、怒鳴ったら疲れちゃった」
すとんと寝台に座り込んだ。
立ち上がった拍子に倒れた椅子を直してそこに座る気力は残っていなかった。
ふと見れば左之助も疲れたような顔をして突っ立っている。

「ほら、用が済んだらさっさと帰る!ここは暇人が来る所じゃないのよ!」
ひらひらと手で追い払うとあからさまに面白くない顔をする。

「今日みたいな秋晴れの日に患者なんざこねえよ。俺だって疲れてんだ、ちっとは休ませろって」
誰のせいでこうなったと思ってんの、と言おうとして口を開いたが、そこから声が発せられることはなかった。
左之助が身をかがめたと思ったらそのまま私の膝に頭に乗せてごろりと横になったからだ。
「ちょ・・・!アンタ一体何してんのよッ」
「今朝方まで賭場にしけこんでいたから寝てねえんだ。だから・・・」

不自然に途切れたあとに聞こえて来たのはむかつくほど気持ちよさげな寝息。

「こら!こんな所で寝られても迷惑よ!」
何度かゆすってみたが一向に起きる気配を見せない。
こうなったら簡単には起きないだろう。
諦めて体の力を抜くと、和菓子を包んでいた包装紙が目に入った。



そういえば・・・と、私は包装紙を手に取った。



『まるやま』と『しまゆう』って店主同士の仲が悪くてそれが店全体にも伝染しているんじゃなかったかしら?
だとしたら、『しまゆう』にいる女が『まるやま』で和菓子を買えるはずがない。










「・・・コイツなりに気を使ってくれたのかしらねぇ?」
天気がよくてもいつ患者が来るか分からないから診療所をあけるわけにもいかない。
どうせ出かけても気になってすぐ戻ってくるだけ・・・・・それでもずっと中にいると息が詰まるのも事実だ。



ましてや、今日みたいにいい天気で患者が来ない日には。



それならただ貰い物だって言えば済むことなのに。
ずっと室内にいる私の心を少しでも軽くしようとして季節感溢れる和菓子を持ってきてくれたんなら、そりゃあすぐばれるような嘘もつきたくなるでしょうよ。
くすりと笑って赤い鉢巻をした頭を撫でながら先週の夜のことを思い返した。










あの時、確かに言ってくれた。
『おめえが言えねえなら手本を見せてやるよ!いいか!耳ん中かっぽじってよく聞いとけ!!』










そこから先は同じ単語を連発された。
アイツ、気付いていなかったのかしら?



ちょうど席を立っていてその場に私はいなかったってこと。



もともと馬鹿でかい声だから十分聞こえたけどね。
今になって考えると、私がいなかったからこそ言ったかもしれないけど。
それならさっき勝ち誇ったようにしていたことは合点がいくわね。
大体、いっつもえらそうにしているけど男なんて結局甘ったれで情けないんだから。










「それは何?私に対抗しているってこと?」

耳元に口を近づけると聞き取れないほど小さな声で短い単語を囁いた。
アンタと同じよ。
私だって面と向かって言う勇気はないもの。



「知ってるのよ?アンタはいつか遠くに行く人だって」



この人は何物にも縛られず、自分らしく自由に生きるために世界を広げていくのだ。
ホント、自分勝手で頭にくる。
だから寝ている間に言ってやるの。
何度も何度も、呪文のように。



「ああ」



不意に声が聞こえて心臓が飛び上がるほど驚いた。
「・・・起きていたの?」
ということは、今までの全部聞かれちゃったのかしら!?
でも、それは私の杞憂だったらしい。

「また負けかよ、ちくしょ〜・・・」

夢の中でも負けがこんでいるのかと思うとおかしくて吹きだした。
私の体の振動が左之助にも伝わって、うーんと唸って体勢を変えた。
「ちょっと・・・」
流石にこれには慌てた。
左之助は私の腰を引き寄せるようにして寝ているのだから。
ひっぱたいてでも起こしたほうが良さそうだ、と考えていたとき。



「恵」



名前を呼ばれてどきりと胸が高鳴った。
「めぐみ・・・」
ただ名前を呼ばれただけなのに、金縛りにあったかのように動きを封じられる。
息を詰めて左之助の口元を凝視していると、










「眉ばっか寄せてるとシワが増えるぞ」










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。










何かがぶちっと切れた音がした。
無意識のうちに口元がひくつく。



「・・・・・ほぉおぉぉぉおおぉ〜んと、頭にくる・・・・!!!!」



手にしたのが極太の針が付いている注射器であったことは自分でも気付かなかった。
いや、気付いていたからこそ奴の尻めがけて振り下ろしたのかもしれない。










左之助には運が悪かったと思って諦めてもらうしかないわね〜










【終】

企画室



久宝留理子「男」って結構特徴的な歌ですよね。
「Ai Ai Ai Ai ・・・」ってところが印象的で自分でも歌ってみようと思い、いざカラオケで歌ってみたら・・・
結構高音&息が続きませんでした(笑)

なんていうエピソードは置いといて。
メロディ、歌詞ともに勢いのある曲なので書くとしたらやっぱりそれなりの勢いを持たせたいなと。
そこで浮かんだのが左之助&恵。
この二人はケンカオとは違った意味でもどかしい。
でも言いたいことはお互い言っている・・・肝心なことは言ってませんけど、喧嘩しても重い空気にはならず、一種のコミュニケーションになっている。

・・・と何だかえらそうなことほざいてますが、実際は口喧嘩のシーンが書きたかっただけなんです(爆)

本音でぶつかり合い、悪態をつきまくり、少しでも弱みを握ったら重点的に攻め、相手をぶちのめす・・・ああ、何て激しい愛←何かが大きく間違っている
この二人を書くのは初めてですけど、こういったシーンなら書きやすいです。
恵さんをかわいい感じに書きたかったんですけどねぇ、やっぱりラストはギャグになっちゃいましたよ、あっはっは←と笑ってごまかす