「分かってない!私の気持、全然分かってない!!」
少女は少年に向かって叫んだ。
「分かってねーのはお前じゃんか!」
二人お互いを凝視したままどちらも譲る気配は無かった。
しばらくの沈黙の後
「っっ!!もう・・いい!」
きびすを返しその場から立ち去ろうとした少女だったが。
涙に濡れたその視界では見えにくい道に足を取られた。
「っきゃぁっ!!」
「あぶねぇっ!!」
少年は少女を抱え込むようにして
二人は転がり落ちて行った
・・・
近距離
さくさくさく…
1人の男が慣れた歩調で歩いてきた。
腰には刀を差し、赤茶けた髪と左頬に十字傷。
(女将から緊急呼び出しとは…珍しいでござるな。急な客でも、入ったか。)
そんな事を思いながら、自分がお手伝いにきた旅館の前に着いた。
門に手をかけようとしたその時、背後に気配を感じ振り向いたが。
少年と少女がいきなり現れ、男の背中に突進して来たのだ。
どっかーーーん!!!
「おろ〜〜〜!!????」
見事にぶつかり。
門に激突する寸前に
門は開いたのであった。
そのまま3人は、旅館の敷地内に転がり込んだ。
「あっぶないあっぶない。」
ひょこっと顔を出した女性は要領よく転がってきた珍客達を避ける。
「この前直したばっかの門、壊されてはたまらんもんね。はい、いらっしゃい。」
「お…女将、な、何事でござるか??」
アイタタと腰をさする男は恨めしそうに女将らしき女性を睨むと、よっこらせ、と立ちあがった。
「あぁ、お手伝いありがとね。いや〜今回の客はあんた達に任せたほうが良さそうなんでね。きてもらったのさ。」
にやり、と意味ありげな微笑を浮かべた女将は両手を腰に当てて、話しかけた。
「…あんた 達 とは、拙者だけではないのでござるか?」
「そういうこと。」
奥から、パタパタと足音がして振り向いた先には、黒い髪を後ろに結った少女が小走りで男に駆け寄ってきた。
「薫殿?」
「剣心っ。遅かったねー。待ってたよ〜v」
訳がわからないといった剣心に、薫は首に両腕を巻きつけて飛びついた。
ちゃっかり両腕を薫の腰に回しながら
「女将、どういうことでござるか?」
と尋ねたが、
「ま、ま、細かい事は後で話すわ。とりあえず、この二人を運んでやってよ。」
と、女将が指さす先には。
少年と少女が折り重なるように、気を失ったままだったのである 。
「う…ん…」
ぼんやりと木目の天井が見える。
ここ、どこだろ。
えっと、確か道に迷って・・って
「え??」
がばり、と少女は起き上がった。
「どこ、ここ…?」
きょろきょろと見まわすと、そこは八畳ほどだろうか。新しくはないがとても大切に使われているのが分かる部屋だった。床の間の掛け軸には"憂晴れ"と書かれている。
ふと、目線を下にやると、そこには少年が寝ていた。
ぐっすりと寝こけているようで、目を覚ます気配はない。
少年がいつも夜遅くまで勉強をしているのを知っている少女は、起こさずに布団から出る。
ゆっくりと障子を開けて歩いて行くと、なにやら話し声が聞こえてきた。
「だからぁ、あの二人中々じれったいんだよねぇ。」
「だからと言って何故拙者達が??無関係でござろう?」
「そうでもないわよ。同じ畑じゃない。まぁ、隣人さん、てとこ?」
「た、確かに同じ掲載場所だったでござるがっ。ジャンルも違うでござるよ・・」
「はがゆいんだよねーかつての あ ん た た ち みたいにさぁ。彼女の方が一途で…」
「そ、そうなの?だとしたら私、気持分かってあげられるよね。うんうん」
「か、薫殿…」
「…・・あ、あの・・」
少女は声をかけた。
「あら。目が覚めました?体は大丈夫?」
女将は安心させるように、にっこりと微笑んだ。
少女はほっとしたようにこくん、とうなずく。
「ここね、旅館をしているんだけど。さきほど門先で倒れているのをうちの従業員が見つけたのよ。気を失ってたから心配したけど、大丈夫そうで良かったわ。」
「す、すいません・・お世話になって。」
少女は目線を下に落とし、ぺこりと頭を下げた。
黒い髪、黒い瞳の可愛らしい少女であった。
歳は16,7というところか。
出会った頃の薫殿のようだ。と剣心は思った。
「はじめまして。私、薫っていうの。ここは安全だから安心してね。」
薫が人懐っこく少女に声をかける。
歳が近いせいもあってか、少女は薫の方に目線をやった。
「私は女将をしています。お腹すいたでしょう?もうすぐ夕食の時間だから、それまでゆっくりするといいですよ。緋村、あとは頼んだよ。」
そういって、女将はそそくさと奥へ姿を消した。
「この人はね、ここの料理長なの。貴方達を見つけたのもこの人よ。剣心ていうの。」
薫は少女に話し掛けた。
見つけた、と聞いて、少女ははっと顔を剣心に向けると、
「あ、ありがとうございました。見つけていただいて助かりました。」
「い、いや…拙者はなにも・・・」
(少女の想いがこの宿の門を開けさせたんだよ。あんたがこの宿にたどり着いたのと同じさ。)
先ほどの女将の声を思い返した。
この少女もまた、いつかの己のように自分の気持に蓋をして、生きているのだろうか。
だとしたら、それは悲しい事だ。
人は1人では生きては行けない。想いを封じ込める事は、1歩も前に進めないことなのだから。
(拙者に出来ることなぞ、あるか分からないが…)
どのみちあの女将には逆らえないのだし。
一人考えている間にも、薫は少女とすっかり打ち解けているのであった。
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