芳香






        これは金木犀よ。



芳しい匂いの中、落ち着いた声が聞こえた。
何気なくそちらを見やれば7・8才くらいの女童に母親らしき女性がやわらかく微笑んでいた。
「キンモクセイ?それって花の名前?この匂いはどこからくるの?」
矢継ぎ早に疑問をぶつける愛娘の傍(かたわ)らにしゃがみこみ、同じ目線で答える。

「ほら、あそこ。あの木が金木犀」
「キンモクセイってお花がないの?だって、あの木は葉っぱだけしかないよ」
「よく見てごらん。葉っぱの間に黄色くて可愛い花がいっぱい咲いているから」

母親が指差すほうに女童が駆け出す。
俺も金木犀の花を見つけたくて女童を目で追うと、その先に緑の葉に覆われた木があった。
更に目を凝らすと、なるほど確かに葉の中に黄色い小花が点々と付いているのが分かる。
俺より少し送れて女童も花を見つけたらしい。
あったよ、と嬉しそうな歓声を聞いてから俺はその場を後にした。




















帰路につきながら考えた。





















秋の訪れを告げるような金木犀の香り。
その方向は誰もが気付くほど強く、甘い。
が、先ほどの女童がすぐ見つけられなかったように、実を言えば俺もついさっき金木犀の花を初めて見た。
香り自体知っていても花の形も知らなかった。



そういえば     ・・・

俺は足を止めた。



少し歩くともう金木犀の香りは消えていた。
同時にどんな匂いだったか思い出すことも出来ない。
さっき嗅いだばかりだというのに「いい匂い」だったのは覚えていても、すでに余香すら残っていなかった。










ふと怖くなった。
強烈な存在もいつかは消えてしまうのか、と。





















怖くなって俺はその夜、無我夢中で薫を抱いた。




















いつもより乱暴に、いつもより熱を持つ俺の愛し方に薫は何かを感じ取ったのだろうか。
俺の愛撫で抗(あらが)うことが出来なくなったはずなのに、その瞳は何かを問いかけるよう。
濡れた唇が動いたが、言葉が発せられる前に俺は無言で彼女の体を貫いた。



もう、交わる水音と薫の嬌声しか聞こえない。



俺は昂りを抑えられず、彼女の中で解き放った。
だがすぐ新たな熱が生まれ、まだ荒い呼吸を繰り返す彼女の体を反転させた。
「や・・・待って、けんし・・・ッ」
これからされることを察して俺の手から逃れようとする薫の細腰を男の力で引き寄せて、自身を奥深く突き立てた。
ひときわ甲高い声をあげ、薫の体が強張る。
その体に己の身をぴたりと密着させ、俺は全てをぶつけ続けた。










俺が彼女の匂いを忘れないように。
彼女の匂いが俺に染み込むように。










そして、同じように彼女にも「俺」という存在を染み込ませるように。










「あっ、だめぇ!そんなにしたら、私・・・!」
苦しげな喘ぎが聞こえたが、彼女を気遣う余裕などとうに無くしていた。

幾度となく繰り返される行為で、己の中にいる獣がようやく落ち着き始めた。
だが、ずっと責めたて続けられた薫は仰向けになったまま動かない。



「薫殿・・・・・」
声をかけるとうっすらと目を明けたが、動く力は残っていないようだった。



俺は置いてあった水差しに直接口をつけ、ぬるくなった水を含んだ。
そのまま薫を抱きかかえ、彼女に口移しで水を飲ませる。
こくり、と完全に飲み込んだことを確認してから、
「もっといる?」
と問うたが、彼女は力なく首を横に振るだけであった。
「そうか」
言いながら俺は剥ぎ取るように脱がせた薫の寝巻きに手を伸ばし、それで彼女の体を包んだ
その時、俺の手を薫が掴んだ。
見ればもの言いたげにじっと俺を見つめている。
先ほどまでの俺に対しての恨み言かと思ったが、その瞳に怒りはない。



「何かあったの?」



かすれた声ではあったがいつもと同じ口調で問われ、返事に詰まった。
何も言えずにいると、それを違う意味でとったのか、
「あ!ごめんね、言いたくなければいいの」
「・・・怒っているのではござらんか?」
あまりにも普通に聞かれて、逆に俺の方が聞きたくなる。
「そりゃ・・・・・あんなことされたらやっぱりいやだもの」



唇を尖らせてじろりと睨まれた。
俺の問いに対する薫の答えは当たり前といえよう。



「すまぬ・・・」
ばつが悪くなって小さく詫びると、彼女は不意に視線を逸らしてこう言った。
「でも何だか      切ない感じがしたから」

どきりとした。
だが彼女はそれに気付かず、うつむいたまま続けた。










「私はこうして抱かれていると剣心の匂いや体温ですごく幸せな気持ちになれるけど、やっぱり男と女じゃ違うのかしらね」










寂しそうに笑う薫に胸が締め付けられた。
「そうじゃない・・・そうじゃないんだ」
ぎゅう、と彼女を抱きしめ、耳元で囁いた。



「実は今日       
俺は昼間の出来事を話した。










全てを聞き終わると、薫は目を丸くして俺を見返した。
「・・・・・じゃあ何?剣心は私の匂いを忘れないためにあんなことしたの!?」
今度は明らかに怒りを含んでいる。
そりゃそうだろう。
「何考えてんのよ!匂いだけならこんなことしなくたって、私のものでも持ち歩いていればいいことじゃないッ」



・・・・・薫は俺のことを犬と同じだと考えているのだろうか・・・・・



それじゃ意味がないから抱いたのだ、と言ってやりたかったが、無論そんなことは口が裂けても言えない。
「はは・・・・・全くもって薫殿の言う通りでござるなぁ」
力なく笑う俺に、
「少し考えれば分かることでしょ!?大体、それだけ剣心の記憶能力が衰えているだけなんじゃないの?」
と容赦ない言葉を浴びせてくる。

さっきまで俺の腕の中で乱れていた女はどこへやら。

「・・・・・覚えられない、とはちと違う」
眉をひそめた薫を見下ろして、俺は続けた。










「匂いだけでは満足出来ぬから       でござるよ」

薫の頬が薄闇の中でも分かるほど鮮やかに染まった。










【終】

小説置場



金木犀の香りは好きです。
それをウチの母親に言ったら「トイレと同じ匂いなのに?」と言われました(苦笑)

・・・トイレの匂いって言うなッ
そりゃ確かにトイレから香りが漂ってくるけどさぁ!
トイレの匂いだろうがなんだろうが好きなものは好きなんですッ←ヤケクソ気味

話をもとに戻しますと、秋になるとどこからともなく漂ってくる金木犀の香り。
実はσ(・_・ )もつい数年前まで金木犀の花を知らなかったんですよ。
そしたら親戚のウチの庭にずっと昔から植わっていたそうな・・・ちなみに背景に使っている金木犀は親戚宅で撮影したものを使用。
「へー、これが金木犀かー」
なんてじっくり眺め、花の匂いを楽しんでいたのですが、もしかしたらσ(^^)と同じように金木犀の花を見つけたことがない人もいるんじゃないかなぁと思ったり←自分の希望も含まれてます
あと、文中にもありますが、金木犀の時期が終わるとその匂いをリアルに思い出せない。
バラとかユリは脳内で再現できるんですけど、金木犀はうまくいかない・・・いや、金木犀だけじゃないけど(^^A;アセアセ
要はσ(^◇^;)の記憶能力も低下しているってコトなんでしょうが、そんなことを考えているうちにこんな駄文が出来上がりました。

・・・なんでこの二人ヤっちゃってるんだろうorz

書いた本人が一番理解できていないという始末(笑)
直接的な描写は避けてますが、
「これはやっぱ裏か?」
と心配になって某日ご一緒させていただいた数人の方々に走り書きしたものを読んでいただきご意見を頂戴しました。
結果「エロがメインじゃないし、剣心の精神的な部分を書いているからいいんじゃない?」てなわけで表に登場。

平静を失った剣心ってのを書きたかったはずなんですが、一体ナゼデショウ?
普段飄々としている剣心もある日突然感情が爆発しちゃうと良い。
結局の所、σ(^◇^;)のシュミです、すみません(土下座)