喧嘩勝てれば全て良し










それは買い物帰りの剣心と夕飯目当ての左之助が道場に向かう途中で起きた出来事。















「斬左!!!」
「あん?」



忘れかけていた昔の呼称に振り向けば、そこには裾をはしょりご丁寧に鉢巻まで締めた男が仁王立ちになってこちらを睨んでいる。
背は剣心とさほど変わりはないようだが、がっしりとした体格は力仕事向きだ。
四角い顔に団子鼻・・・しばらく彼を凝視していたが、剣心に覚えはない。
「知り合いでござるか?」

そもそも呼び止められたのは自分ではなく左之助だ。
しかも「斬左」と呼びかけたあたり、彼に縁のある人間と見て間違いはなかろう。

左之助も同じように数秒男を見ていたが、
「さぁ?誰だおめぇ」
逆に問うたのは自分で思い出すのが面倒になったからか。
「何ぃ!?貴様、二年前のことを忘れたのかッ」
それと分かるほど怒りに燃えた瞳を向けた。
だが向けられた方はその瞳を受け止めるでもなく、剣心と顔を見合わせた。



「二年前・・・そりゃずいぶん前でござるな」
「まー、ニ年も経ちゃ普通忘れるだろ」
「人の話を聞けーーーー!!!!」



まともに相手にしてもらえなければ、彼でなくても怒りたくなるだろう。
声を張り上げるとやっとこちらを向いてくれたが、
「あー、うるせえな。思い出せねえから誰だって聞いてんじゃねえか。まず名乗ってから喧嘩を売れってんだ」
面倒くさそうにぼやかれ、あまりの屈辱に男の体がふるふると震えだした。
だが己が何のためにこの場にいるのか思い出したのだろう。
激情を押しとどめるように大きく深呼吸し、遠くを見つめながら語りだした。
「ふ・・・そこまで言うなら思い出させてやろう!そう、あれは夏真っ盛りだってのにどことなく肌寒い日のことだった」










延々と語る彼には申し訳ないが、最後まで書き出すと腕が疲れるので省略させていただこう。

        彼の話を要約すると何のことはない、左之助に喧嘩を売って逆にこれ以上ないほどぶちのめされただけの話である。










「あれから二年・・・・・俺は貴様を恨み、次に会ったときには絶対倒すと心に決めた。そのために強くなるための努力を惜しまなかった!ある時は険しい山を歩き回り、そしてある時は激しい川の流れに逆らいながら泳ぎ続けた・・・」
「・・・それは単に山で遭難しかけたり川で溺れそうになっただけなのでは?」
剣心のささやかな、しかし核心を突いたツッコミは鮮やかに流された。



いや、自分の世界に入り込んで剣心の声など耳に届いていないのだろう。
彼を観察すると自分の思い出に涙ぐんでいるのが分かる。



時折、すん、と鼻をすすって話が途切れるが、すぐ表情を引き締め彼の一人語りは続く。
「毎日のように盛り場に繰り出し、腕に覚えのある奴らと競い合った。そのせいで付き合っていた女に愛想を尽かされ、職を失ったが、貴様を倒すという一念が俺を奮い立たせているのだ!」
「盛り場で競い合ったってお前、そりゃ博打の話じゃねえのか?毎日のように入り浸ってりゃ仕事もクビになるだろうし、女も別れたくなるわな」
「お主はまず仕事を探す所から始めたほうがいいのではござらんか?」
「そうそう、まずは職探しだよな」
「・・・拙者は左之、お主にも言っているのでござるよ」
幸いなことに二人の会話は彼には聞こえていない。
まあ、それが分かっているから好き勝手言えるのだろうが。










・・・・・どうでもいいが、そろそろ終わってくれないだろうか・・・・・










剣心はそっと嘆息した。
このままだと全てが終わる頃には日が落ちてしまう。
洗濯物も干したままだし、夕餉の支度もせねばなるまい。
再びため息を吐き出すと、隣の左之助もうんざりとした色を浮かべている。

「確かに貴様は強い!しかし今の俺をあの時と同じように考えてもらっては困る。二年前とはひと味もふた味も違うということを思い知らせてやるッ」

ぐ、と拳を作り、いよいよ始まるのか・・・・・と思いきや、今度は今までの苦難を思い返しているのか。
「決意の日から早二年・・・長かった・・・本当に長かった・・・・っ」
感傷に浸るように瞑目している。
熱が入っているところに水を差すのも気が引けるが、さすがに剣心も付き合っていられない。
そもそも剣心は関係ないのだからさっさと行ってもいいようなものだが、そこは周囲が認める大のお人好し。
目の前で熱く語る男にほんの僅か同情を覚え、そのせいでこの場から離れる機会を逃してしまったのだ。

しかし、隣の大男は全く違うことを考えていたらしい。










「ふっふっふ、貴様は知らないだろうが、俺もちったぁ名の知れた男になっているんだ。今度こそ俺の名前を忘れられないようにしてやる!俺の名前は奈良井きょ・・・ぶ!?」

高々と名乗ろうとしていた口も含め、彼の顔に左之助の拳がめり込んだ。
吹っ飛ばされずに済んだのは彼がその場に踏ん張っていたからか、左之助が加減したからか。










だからと言って全く痛みがないわけではなく、顔を押さえる彼の両目には涙が滲んでいる。
平然としている左之助に向かって男が吠えた。
「お、おま・・・!人が名乗っている最中になんちゅーことを!!!」
「話が長すぎんだよ。こちとら暇じゃねえんだ、やるならやるでさっさとしろ」
「ぐぬぬ、卑怯者めッ」
「ターコ、喧嘩に卑怯もクソもあるかよ。それともなんだ?散々人を待たせておいてこれで終わりってこたないよな?」
ふん、と鼻で笑う。
左之助本人は無意識なのだが、それが男の気に障ったようだ。



「当たり前だ、どこからでもかかって来い!!」
憤怒の形相で身構える。
「んじゃ遠慮なく」
普通に返して今度は相手の頬に拳を叩き込んだ。
「おぶぅ!!」



一撃目の痛手が抜け切っていないところに二度目を食らい、さすがに膝が折れて地面に倒れこむ。
そのまま起き上がってこない男を一瞥して、
「ちっ、もう終わりかよ」
さもつまらなそうに舌打ちして剣心の元に戻ってきた。

「左之、お前・・・」
すぐ片はつくと思ったが、ここまで情け容赦ないとは。

彼も剣心の胸の内を察したのか。
「何だよ、こいつがどっからでもかかってこいっつーから」
「・・・・」










確かに喧嘩は試合とは違う。
当然、反則技や不意打ちは付き物だ。
理屈は分かるが今の状況を見る限り、剣心は倒れた男に哀れみさえ覚える。










白い目を向ける剣心に無邪気とも取れる笑みを漏らして、
「ま、死なねえ程度に加減してあるし、そのうち起き上がってくるだろ」
促すように剣心の肩を叩いた。

返す言葉もかける言葉も見つからない。

剣心は押されるままに足を動かすしかなかった。
が、数歩進まぬうちに聞き覚えのある声が耳に届く。



「あら剣さん・・・・・とトリ頭」
「お前、今の間はわざとだろ」



薬箱を下げているところを見ると往診の帰りだろうか。
ひらひらと手を振る恵の視線は剣心にのみ注がれる。
「買い物ですか・・・まあ、相変わらず重いものばかり。大変ですねぇ」
「無視かよこのアマ」










立ち止まる二人に追いつこうと恵が走り寄ると、昏倒しているとばかり思っていた男ががばりと起き上がった!










すかさずすぐ横にいた恵を捕らえる。
「ツ・・・」
腕を強く掴まれ、彼女の柳眉が歪んだ。
人質をとった男に、剣心の瞳が細められる。
己に向けられた刺すような視線に一瞬男が怯むが、すぐ声を張り上げた。



「動くな・・・女の腕を折られたくなかったらそこから動くな!」



簡単に腕が折れるとは思えないが、それでも恵の細腕を痛めることは出来るだろう。
「さっき卑怯者とか何とか言ってなかったか?」
剣心同様冷めた眼差しで問うても、彼は恵を離そうとしない。
左之助が屈するまでありとあらゆる手段を用いるつもりだろう。
「うるせえ!いいか、この女に怪我をさせたくなかったらそのまま・・・・え?」



凄んでいた声が裏返った。
彼の目に猛然と突っ込んでくる左之助の姿が映る。



「こ、こら、俺の話を聞いて        げふッ」
言い終わる前に左之助が跳躍し、見事な蹴りが決まった。
骨が軋むほどの痛みは彼が感じたのは先ほどとは比べ物にならぬほど。
今度は手加減なしで来たのだろう。
彼の体は三間(約5.46m)ほど吹っ飛び、一回転して止まった。



「よーしよし、これで当分起きねえな」



ぴくりとも動かなくなった男の様子を間近で見て、満足そうな笑みを浮かべる。
対照的に一部始終を見守っていた剣心はがっくりと肩を落とした。
最初に分かりやすい反応を見せたのは恵だ。










「・・・・・・ッの、馬鹿トリーーーーーーッ!!!!!」










手にした薬箱を振り上げると、見事に左之助の下顎を直撃した。
生来の打たれ強さから倒れることはないが、顎が赤くなっている
「助けてやったのに何すんでぇ!!」
相当痛かったのだろう。
恵を睨む左之助が本気で怒っているのが見て取れた。
しかし恵の怒りは更に上を行っているようだ。

「あれのどこが助けたことになるの!女が人質に取られてるってのに、いきなり突っ込んでくるなんて!」
「いちいちうるせえなぁ・・・・あんなのは最後まで言わせなきゃこっちのもんなんだよ!」

繰り広げられる口論に、剣心は疲れたように深いため息をついた。
「拙者は先に行くでござるよ・・・・・」
小さく告げた言葉はやかましいほどの言い合いにかき消された。
剣心は彼らを見ることなく、重い足取りで歩を進めた。
しばらく歩いてから振り向いても彼らは歩いていった剣心に気付くことなく激しく罵り合っている。
それを遠目で認め、剣心はこの日何度目かの、そして最大級の盛大なため息をついたのだった・・・・・




















        倒された男が意識を取り戻した頃には既に月が煌々と輝いており、当然の如く辺りには誰一人として残っていなかった。
身じろぎしただけで体中に激痛が走る。
だが、痛みより何よりも斬左と恐れられた喧嘩屋の悪魔的ともいえる本性に恐怖した。
「・・・・棟梁に頭を下げてもう一度雇ってもらうかな・・・あ、あとチエちゃんにもちゃんと謝らないと」
口に出すことでぼんやりと情景が思い浮かび、悲惨な記憶は頭の片隅に追いやった。
痛みをこらえて何とか立ち上がると、そのまま彼は己の戻るべき場所に足を向けた。










空に浮かぶ皓月は今しがた起こった現実とは違い、やさしい光でとぼとぼ歩く男の行く先を照らしていたのだった。















【終】

小説置場



「悪魔的」な左之助登場。
相手の口上を皆まで言わせず飛びかかり、人質とっていようが「関係ねーよ」と構わず攻撃・・・そんな俺様的なやり方が出来るのはコイツしかいません(笑)
最初は拍手にでもUPしようかと思っていたのですが、書いていくうちに長くなったのでこちらでお披露目です。
ラブ度0でスミマセン;
さすがに剣心だと同じことは出来ないので、何も考えずただ喧嘩を楽しむのは左之助が適役です。
不意打ち暗器は当たり前、勝てばヨシとする戦い方を明るく書いてみたかったのです(´ε`*)ゝエヘヘ
ええ大好きですよ、こういう話(真顔)

まー、今回は相手が弱すぎたので左之的には楽しめなかったと思いますが、書いているσ(^^)が楽しかったんだからいいじゃないかッ←開き直り



ちなみに補足すると徹底的にのされた彼は元大工で、「チエちゃん」というのは彼女の名前です。
左之助によって可哀想なほど(身も心も)ズタボロにされた彼は「平凡な生活が一番だ」と悟り、人が変わったように仕事熱心になり、チエちゃんと結婚して平穏に暮らす、というアフターストーリーがあったりします(笑)