まさかの依頼   【後編】



帰ってきた左之助は弥彦と燕を伴っていた。
「妙は寄合があって出かけているらしい。でも心配すんな、ちゃんと仕出しのことは伝えといたからよ」
「左之・・・これ以上話をややこしくせんでくれ」

疲れきった表情で逆刃刀を抱えて部屋の隅に座り込んでいる様はいつかの彼を思い起こさせる。
そんな既視感を振り払うように弥彦が言った。

「でもこんなことでもなけりゃお前らくっつかねえじゃん。剣心が考えすぎているだけで実際はこんなもんかもしれないぜ?」
からかいはなく親身になって伝えられた言葉だったが、剣心は子供のように唇を尖らせた。



「拙者だってちゃんと考えていたのでござるよ・・・」



ぼそりと口の中で呟いたため、本人以外は聞こえなかったらしい。
「ん?何だって?」
「ちょっとー!誰か手伝って欲しいダニー!」

風呂場からしゃがれ声が聞こえ、剣心の存在は無視された。

「燕、お前行って来いよ。こういうのはやっぱ女の方がいいだろ?」
「あ、うん、そうだね」
「弥彦、お前は俺と一緒に来い。蔵の中にゃ嬢ちゃんの両親が使った紋付と花嫁衣装があるかもしれねえし」
「そういや薫がそんな話してたな・・・」
「あ、俺も手伝うズラ」
今度は泰造にも存在を忘れ去られたようだ。
今の剣心には制止する気力すらない。



「もういい・・・もう疲れた・・・」



誰もいなくなった部屋では魂の抜けたような声が聞こえたとか聞こえなかったとか。










やがて未だに困惑している薫と、心ここにあらずな剣心が道場に引っ張り出される。
道場の中心に置かれた桐箱を開けると目に眩しいほどの純白が飛び込んだ。










「きれい・・・」
ほぅ、と燕が感嘆の吐息を漏らす。
「ささ、羽織ってみるダニ」

穢れない白は薫そのものだ。
ルヨに差し出され、拒む出来ずに薫は壊れ物を扱うかのようにして母親の形見に触れた。

「へぇ、これはまた・・・」
軽口を叩くかと思われた左之助が眩しそうに目を細め、弥彦も食い入るようにして何も言わずに薫の白無垢姿を見つめている。
「薫さん、とっても綺麗です!」
今度ははっきりと賞賛の言葉を口にした燕に照れくさそうにしながらも、小さく笑みを返した。
ルヨに押し切られるような形で祝言を挙げる羽目になったが、白無垢を羽織った瞬間、不安と困惑に揺れていた薫の心が静まる。



お母さんもこんな気持ちだったのかしら?



純白の衣を撫でるとさらりとした滑らかな感触と、忘れかけていた母の温もりが伝わってきた。
白無垢を羽織り、静かに佇(たたず)む薫に心奪われたかのように、剣心はただただ彼女を見つめるばかり。
そんな彼の様子にからかうようなルヨの声がかかる。
「剣客さんも惚れ直したダニか?」
剣心からの返事はなかった。

何も聞こえなかったかのように薫だけを見つめている。
そのくせ、気付いた薫の瞳が向けられると、それを避けるかのように視線を逸らす。

「何だよ剣心。嬢ちゃんが綺麗過ぎて声も出ないってか?」
左之助が近付き、
「覚悟決めろよ。そりゃお前にも色々あるだろうけど、そんなことしていたらいつまで経っても祝言なんて挙げられねえぜ」
相変わらず目は笑ったままだが、それでも仲間を案じるやさしい光が認められた。
不器用な方法でしかやさしさを示すことが出来ない左之助に、剣心の表情も和(やわ)らいだ。
が、すぐ表情を引き締め、こう言った。










「皆の気持ちはありがたく受け取らせてもらう。だが、拙者はこんな気持ちで薫殿を娶(めと)ることなど出来ぬ」










その場の空気が凍りつく。
「い、今更何言うズラ?あ、ひょっとして緊張しているズラか?」
泰造の茶々にも全く反応しない。
「おい剣心」
左之助が剣心の胸倉を掴むと、それが引き金となり弥彦も声を荒げた。
「どうしてだよ!お前、薫のことが大切じゃねえのかよ!?」

が、剣心はただ一言「済まぬ」と告げただけ。

あとは弥彦とも、左之助とも、そして薫とも目を合わさずに顔を伏せた。
「てめぇうだうだ悩むのもいい加減にッ」
「いいのよ、左之助」



今にも怒りを爆発させそうな左之を制するように澄んだ声が響いた。
薫だ。



「勢いって確かに大事だけど、でもやっぱり流されるままっていうのはよくないでしょ?」
一番傷ついているはずの薫は、いつもの笑顔で明るく言った。
それが却って痛々しいほど。
「でもよ・・・」
「いいの」
笑顔は崩さずに反論しかけた弥彦を制した。
そしてその笑みは未だうつむいたままの剣心に向けられる。










「私は剣心の荷物にはなりたくないもの」
「・・・・・薫殿?」

表情とは裏腹に声が固い。
それよりも告げられた言葉に剣心は顔を上げた。










「ちゃんと分かっているから。だから剣心、あなたの思うように生きて」

しん、と場が静まり返る。
この沈黙を破ったのは剣心だ。



「・・・・・分かっていないのは薫殿の方でござる」



やや低く紡がれ、少し気圧されたように少女は肩をすくめた。
剣心は続けた。
「拙者がいつ薫殿のことを荷物扱いした?それは薫殿が勝手に思い込んでいるだけでござろう?」

一瞬怯んだが、一番触れられたくない部分を一番触れて欲しくない男に指摘されたことで、薫の箍(たが)が外れた。

「何が違うの?どうせいなくなるくせに・・・・・私を置いて流浪しちゃうくせに!」
薫の心の叫びを聞いて、剣心の表情が曇る。
「・・・・確かに世間一般の夫婦のようには過ごせぬかもしれぬ。だが、それでも拙者は薫殿と一緒にいたいと」
「やめてよ、そんな嘘言うの!祝言挙げさせられそうになって凄く嫌そうな顔していたじゃないッ」
全く聞き入れようとしない薫に剣心も熱くなり、激情のまま言い放った。



「当たり前でござろう!自分が申し込んだのではなく、人のお膳立てで夫婦にされるのでござるよ?薫殿がよくても拙者が承服できかねる!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」



予想外の答えに薫の目が点になった。
それはその場にいる全員同じである(ルヨは糸目なので判別不能だが)。










「拙者とて色々考えていたのでござるよ?今まで警察の仕事で受け取った報酬を使って、薫殿に似合う指輪を買おうかと・・・そして春になったら満開の桜の中で薫殿に求婚の証として言葉と共に渡すつもりだったのでござる。きっと薫殿は桜吹雪に夢中になって髪にも花弁がついているだろうから、それを拙者が取って花弁が化けたと言ってこの指輪を・・・・・」

そして嬉し涙を浮かべながら承諾した薫をそっと抱きしめるはずだったのに。










夢見心地で語る剣心は周りの状況に気づかない。
己の理想とする求婚の申し込みを語り終え、しばらく陶然としていたが。



「あー・・・その、何だ。お前の気持ちはよく分かったけど、あまり詳しい説明はやめといた方がよかったんじゃねえの?」



遠慮がちな左之助の声に、はたと我に返る。
ぐるりと見渡せばにんまりとしているルヨと泰造、瞳を輝かせて感動したようにこちらを見つめている燕、全身むず痒くて仕方なさそうな弥彦がいた。
隣にいる左之助の首筋や腕には、サブイボが大量発生している。



己が何を言ったのか、そしてどんな影響を及ぼしたのかを考えると血の気が引いてくらくらしてくる。
しかし拷問にも等しい彼の悲劇はこれで終わりではない。










恐る恐るといった体で薫を見てみれば、今にも湯気が立ち上りそうなくらい顔を真っ赤にして固まっている。










「あ、せ、拙者・・・拙者は・・・・・」
今度は一気に全身の血液が逆流する。
冷静沈着で知られた男が可哀想なほどうろたえ、最早正常な思考など保てるはずもない。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

その場の空気に耐え切れず、剣心は道場から逃げ出した。
「け、剣心待って!!」
今までにない狼狽ぶりに心配になったのか。
剣心を追う薫の肩から白無垢が滑り落ちたが、それにも気付かぬほど。



神速を誇る脚力に薫が追いつけるわけがない。
だが、彼の行き先は何となく予測できた。



いつか買い物に向かう途中で見かけた桜の木。
剣心は隠れるようにして木の根元に身を潜めていた。
よくよく見ると地面には何度も「の」の字を書いたあとがある。
緑も花もなく、枝だけそびえている寒々しい木は、まるで今の彼の心を表しているかのようだ。

「見つけた」

なるべくやさしく呼びかけると、びくりと剣心の肩が跳ねる。
構わず彼の隣に腰掛けると即座に立ち去ることはなかったが、それでも薫と顔を合わせようとしない。
「剣心、寒くない?」
試しに声をかけてもただ黙って首を振るだけ。
相当いじけているらしい。
そのまま会話が続かず、薫も黙り込んだ。










どのくらい経ったのだろう。










いつも何かしゃべっているのが当たり前な薫にとって、今の状態は数分にも数時間にも感じられる。
それでも辛抱強く待っていると、蚊の鳴くような声が聞こえた。
「・・・・笑ってくれてもいいのでござるよ」
最初何を言われたのか理解できなかった。
が、すぐに道場での爆弾発言のことに気付く。
「ああ、春になったら桜の中で指輪を渡すっていうアレ?」
何気なく言ったつもりだったが、剣心が(しかも涙目になって)薫の両肩を掴んだ。



「そ れ は も う い い で ご ざ る !」



必死な形相にこくこくと頷くことしか出来ずにいると、彼は手を離してまた同じ姿勢に戻った。
ちらりと盗み見れば、耳まで真っ赤になっている。
薫は気付かれないように小さく吹き出した。
そして、大きく息を吸い込んで誰に言うともなく話し出す。

「笑わないわよ。剣心が私のために考えてくれたことだもの」

春風のように軽やかに言われ、剣心が顔を上げる。
気配を感じて薫も剣心を見返した。
目が合うとばつが悪そうに目を逸らそうとしたが、薫がそれを許さない。
両手で彼の頬を挟みこむと、紫苑の瞳を覗き込んだ。
「それとも、笑ったら私のこと嫌いになる?お嫁さんにもしてくれない?」
「それは断じてないッ」
即答した自分を恥じたのか、剣心の頬が更に赤くなる。
その温もりを確かめながら、薫はにこりと笑った。
「よかった」
つられるようにして剣心もぎこちなく微笑んだ。

すい、と薫の手が離れると、剣心の瞳が不安げに揺れる。

しかしすぐに少女の腕は男を包み込んだ。










       待っているからね」










耳元で甘く囁かれ、心臓がどきりと音を立てた。
やがて剣心も薫の背中に腕を回した。
一応これも理想通りになるのかな、などと思いながら。




















先ほどとは打って変わり、晴れ晴れとした表情で道場に戻ると、ルヨと泰造の姿が見えない。
左之助に聞くと、
「あー、何か宿に忘れ物したとかで一緒に出て行ったぜ」
「あれ?さっきまで出ていた桐箱は?」

見れば床に落としたままの白無垢もない。

怪訝そうな薫に不機嫌な声が返ってきた。
「また蔵に戻しといた。どうせしばらく使わねえだろ?」
「あんた、何仏頂面してんのよ」
「うるせえ!この顔は生まれつきなんだよ!何だよ、折角うまくいくと思ったのに・・・」

ぶちぶち文句を垂れる弥彦に苦笑し、そして感謝する。

「済まぬな、弥彦。そう遠くない日にまた出してもらうやもしれぬ」
こそりと耳打ちされ、少年の瞳が輝く。
そして少し悪戯っぽい光を宿したままで、



「・・・今度は抜かるなよ」
「承知」



剣心も同じ瞳で見返した。
「じゃあ俺らは赤べこ戻るわ。日も暮れたからそろそろ書入れ時だし」
燕、と促すと、小さな少女がちょこんと頭を下げ、揃って踵(きびす)を返した。
そのまま道場を出ようと戸に手をかけた瞬間、反対側から勢いよく引かれ、弥彦は危うく尻餅をつくところだった。
飛び退く弥彦を見ずに、飛び込んできた人物が注目するのはただ一点のみ。



「か、薫ちゃん!剣心さんもいてはる!?」
「妙さん?どうしたんですか、そんなに慌てて」



きょとんとする薫に、左之助が思い出したように、
「おお、そういや仕出し頼んじまったんだっけ。悪い、アレ、もう必要なくなった」
「そんなん最初から用意せんでもよろし!それより薫ちゃん、何か盗られた物とかあらへんの?」
走ってきたのか、妙の髪が乱れて頬に張り付いている。
ここまで慌てふためいている彼女は初めてかもしれない。
「妙殿、何かあったのでござるか?ご覧の通り、ここには泥棒の類は入っておらぬよ」
「泥棒ちゃいます!とにかくこれを見ておくれやす!」
胸元に挟まれた紙を広げると、そこには     

「あれ?」
「おろ?」

薫と剣心が揃って声を上げる。










「おい、ここに描いてある詐欺師って・・・さっきの婆さんと泰造か!?」

左之助の指摘したとおり、紙に書いてある似顔絵は紛れもなくルヨと泰造親子である。
その横で妙が得心したように頷く。
「寄合でこの話題が出て、店に戻ったら聞いた話と似たようなことを聞かされて・・・・うち、慌てて飛んで来ましたんえ」

そこには旅の途中と偽り、人の哀れみを誘い、巧妙に金銭を奪う悪党と書かれている。
中には「祝言を挙げさせる」として大量の料理を注文させ、タダで飲み食いした挙句、ご祝儀をごっそり奪われたとも。










「母親はどこにでもいそうなお婆さんやけど、息子の方はまつ毛が長いのが特徴なんやて。でも、前の宿場で顔を覚えられたから今は隠してるかもしれへん」
確かに描かれている泰造は、今よりも髪が短い。
自分でも面が割れやすいと踏んで前髪を伸ばしたのだろう。

「やっぱり何かあったんやね?いつ?何を盗られたん?今から追いかければまだ捕まえられるかも・・・!」

一同が唖然として似顔絵に見入っていると、それを自分勝手に解釈したのか、妙が息巻いた。
が、それを剣心が片手を挙げて制する。



「妙殿、心配には及ばぬ。この紙に書かれているような悪党は来ておらぬよ」
「ほんまですのん?」



疑いの眼差しに剣心は苦笑した。
「確かに似たような風体の『客人』は来たが・・・・ほんの少しここにいただけでござる。なぁ?」
いきなり振られ、全員戸惑ったが、やがて同じように頷いた。
「まぁ、何事もなければええですわ・・・」
妙はまだ納得いかない様子だったが、

「いいじゃねえか!それより腹が減ったぜ。どうせ店に戻るんだろ?だったら今日の夕飯は牛鍋でどうでい?」
「そんなこと言ってまたたかるつもりね!?」
「安心しぃ薫ちゃん。もしそうなったらちゃあんと左之助さんの分はツケにしておきますさかい」
「げ、まじかよ・・・」

一緒に笑いながら、剣心は既に町から逃亡している親子を思った。
仮に最初から犯罪者と分かっていても警察に突き出すことは出来なかったと思う。



確かに目的達成のため強引な方法をとることもあるが、独特の個性を持っており、何だか憎めない。



それは薫達も同じだろう。










これからも時々思い出す。
己の背中を押してくれたあの親子を。










【終】

前編    企画室



毎年参加させていただいています未来様主催の剣薫萌え祭。
三回目の参加作品は以前からの目標であったギャグを目指しました。
そしたら楽しくて前後編になったというオチが・・・なんでだろう?

今回のテーマは「剣心のぷろぽーず・ギャグ編」です(まんまやん)

ただのプロポーズならいらない、いかにしてご覧頂いた方々に「アホだ!こいつは正真正銘のアホだ!!」と思わせるのかが重要でした←ひでぇ
改めて読み返したら書いたσ(^◇^;)の方がアホだと気付きました(笑)
以下、当時のコメントから抜粋↓



えー、ちなみにラストのいじけるシーンでは剣心と薫ではなく、剣子と薫ノ助という性別逆バージョンで妄想しつつ書きました。
「あれ?これっていつも剣心が薫を慰めているのと同じなんじゃ・・・?」
と軽くデジャヴを感じていただければ(笑)

そしてオリキャラの二人が使っている信州弁。
確かに語尾に「ダニ」や「ズラ」はつきますが、ほぼ間違った使い方です。
誤解なきようお願いいたします。




実はこの二点かなり気に入った設定です。
そしてルヨみたいなばーちゃんは好みです。
余談ですがルヨのモデルは「サイボーグじ●ちゃんG」という漫画に出てくるサイボーグばあちゃんQ。
恵さんのモデルになったヤングバージョンじゃなくて実年齢のほうね(笑)
オリキャラは性格設定とか容姿とか考えるのが面倒ですが、ルヨばーちゃんは書いていて楽しかったです。
また機会があればこういったぶっ飛んだキャラを書きたいですね(*´∇`*)