simple is the best










「薫殿、あと洗うものは無いでござるか」
「うん、今のお皿で全部よ」



声が聞きたい。



「これで手を拭いて      ごめんね、こんな寒い日に洗いものお願いして」
「いや、大丈夫でござるよ」



その手に触れたい。



「またそんなこと言う!ほら、こんなに手が冷たくなって・・・」
「薫殿の手も冷えてしまったでござるな」



温もりを感じたい。



「冷えてしまったのは、お互い様でござるよ」
「今日は一段と冷えるものねぇ」



いつもそばにいて、自分だけを見て欲しい。










それは自分の近くにいる時の願い。










でも、遠く離れてしまってもう会えなくなってしまったら、願うことは唯一つ。






























どうか、生きていて。










そして。










いつも笑顔で      






























不思議だ。

近くにいる時にはあんなにわがままだったのに、もう触れることも、声を聞くことすら叶わぬようになると、人はこうも願いが少なくなるのか。










違う。










願わなくなるのではなく、そうであってほしいという強い願いだけが残るのだ。
数ある願いの中で、これだけは叶えてほしいという単純な願い。










同時に、その願いは自分からの『解放』を意味する。



いつも笑顔でいられるように。
たとえ、その隣にいるのが自分じゃなくても。










自分のことは忘れてくれて構わない。
彼の人が『幸せ』であれば、他の事はどうだっていい。






























どうか、いつまでも幸せに      






























なんて。



自分の身近にいたら、すぐ強欲(ごうよく)になるくせに。










『その隣にいるのが自分じゃなくてもいい』










今、同じことが言えるのか、と問われたら、答えは『否』。



手に入れてしまった以上、それは出来ない相談だ。










「・・・薫殿の頬は温かいでござるな」
「ひゃ!?ちょっと、剣心?」
「おろ、少し熱が出てきたようでござるな。先ほどに比べるとちと熱い」



そう。
彼の人はもう自分のもの。






























「もう、そんなことする人には・・・えい、お返し!」
「おろ!?」
「ほら、剣心の頬だって熱いくらいだわ」



その手と同様、頬も冷たいはずなのに。
気恥ずかしさも手伝って、確かな温もりを自分の手に与えてくれる。










この声も。
この温もりも。



存在自体さえ、もう自分のもの。










「薫殿、そちらの手も冷たいままでござろう?」
「だ、大丈夫よ」
「拙者の左頬に触れるのは・・・嫌?」
「!・・・そんなことないわよ!剣心こそ、何で右手で触れてくれないの?」
「え?」
「刀を握った・・・人を殺したことのある手だから?」
「・・・・・ッ」






























それでも触れたい。触れて欲しい。






























「あ、もちろん無理強いするつもりはないんだけど。剣心の手・・・大好きだから・・・」
「・・・薫殿には敵わぬな」
「だって、本当のことだもの」
「それを言ったら、拙者とて薫殿の手が好きでござるよ」
「剣心    ・・・」
「だから、触れてはくれまいか?」
「え・・・でも・・・・・」
「何を躊躇う?」
「だって、私がその傷に触るのは何だか悪いような気がして      
「薫殿。拙者が触れて欲しいのでござるよ」
      じゃあ、剣心の右手と一緒に、ね」



その頬に伸ばされた手がかすかに震えたのを気取られなかっただろうか?
畏(おそ)れにも似た気持ちを抱きながらそっと頬に触れれば、彼の人のやさしい温もりが応えてくれる。






























声が聞きたい。



「温かいね」
「そうでござるな」



その手に触れたい。



「何だか、このまま離れたくない感じ」
「・・・そうでござるな」



温もりを感じたい。



「もう、剣心てばそればっかり!」
「はは、そうでござるな・・・って、おろ?」



いつもそばにいて、自分だけを見て欲しい。



それは自分の近くにいる時の願い。




























離れ離れになった時には、一つしか願わなかったのに。
自分はここまで欲の深い人間だったのかと、我ながら呆れてしまう。
今だって、全ての願いは叶えられたのにまだ願う自分がいる。










いつも笑顔でいてほしい。
そしてその隣にいるのは、これから先もずっと自分であるように。










また一つ、『願い』が増えた。
数ある『願い』の中で、最も強い願いが。































でも、これが一番単純な『願い』。




















【終】

小説置場



これは剣心視点でも、薫視点でもどちらでもいけるようにしてあります。
でも、結局のところ二人は同じことを考えていると思いますけどね。

叶えたい願いがたくさんあって、その願いを全て叶えてほしい。

それは、その対象が自分のそばにいるからこそ思えることです。
逆に、遠く離れてしまったり、もう二度と会えなくなると驚くほど願いがシンプルなものへと変わります。

「その人が幸せな人生を送れていれば、隣にいるのが自分じゃなくてもいい」

要するに、必要最低限のことしか願わなくなるわけです。
でもその願いは他のどの願いよりも確かに強くて。



simple is the best=最高は単純、というわけです。
結構好きです、この言葉。



大体、笑顔でいるにしたって『幸せに生きている』ことが絶対条件じゃないですか。
これは別に恋人じゃなくても、親しい友人とかにも言えることですけどね(^^)
σ(^^)も、大事な人には幸せになってもらいたいし、いつも笑顔でいてもらいたいですし。







あなたは大切な人に何を願いますか?