何も答えられない由美はただ志々雄を見つめることしか出来なかった。
そんな由美を一瞥してから、志々雄は静かに語り始めた。









TATTOO   【後編】










幕末、かの有名な人斬り抜刀斎の跡を引き継ぐ形で京都に暗躍していたこと。
志々雄の持つあまりに強い力や尋常ではない功名欲を恐れた新政府に生きたまま焼かれ、死の淵から蘇ったこと。



それは酷(むご)いとか、凄まじいとか、そんなありきたりな言葉で片付けられないほど想像を絶する『現実』だった。
「じゃあ・・・その時の復讐をするために昨夜吉原に来たの?」
「昔ならそう考えたかもしれないが、今は別に憎んでなどいない」
やっとのことで声を絞り出すと、志々雄は対照的に落ち着き払って答えた。



「殺すつもりはなかったが、ちょいと脅かすつもりで部屋に忍んだらお前が俺を見ていた。今みたいにまっすぐな瞳で」



こと、と煙管を置いて体ごと由美に向けた。
志々雄の腕が上がり、その指先で由美の頬に触れる。
由美は先ほどのように柳眉を逆立てることなく、ただじっと志々雄の双眸(そうぼう)を見ていた。










猛(たけ)る炎が絶えることなく燃え続けるその瞳を。










「叫びもしねえし、じっと俺を見ているから何かあるのかと思っていたら、あの男を殺してくれときた。だから望み通り殺してやったが、今度は男の死体を見て気を失ってやがる。全く、肝が据わっているのかいねえのか・・・」
その時のことを思い出したのか、おかしそうに志々雄ののどが鳴った。
「うわべだけの女なら腐るほどいるが、お前のような女は滅多にお目にかかれない。お前なら俺を楽しませてくれそうだ・・・そう思ったから連れてきた」



全身包帯づくめの男に狂気じみたことを言われても、世間一般の人間の目には偏執狂としか映らないだろう。
しかしながら由美は馬鹿らしい、と笑い飛ばすことは出来なかった。
昨夜出会ったばかりのこの男に惹かれ始めていたからだ。
いや、闇でも輝きを失わないその瞳を見た瞬間から心奪われたのかもしれなかった。



「お前、名は何という?」
由美の顔から手を離さずにそう問うと、
「胡蝶・・・」
その手に宿る熱にうかされたように上擦った声で答えた。
だが、志々雄はその答えに満足しなかった。

「それは花街で与えられた名だろう。俺が聞いているのはお前の本当の名だ」

す、と由美の濡れた唇を撫でて志々雄の手が遠ざかる。
それと同時に与えられていた熱が急激に冷えていくのを感じ取って、由美は両手を伸ばした。










遠ざかる手を追い求めたのか、それとも志々雄の熱を追い求めたのか自分でも分からなかった。

どちらにせよ、由美がその両方を手に入れたことに変わりはない。










白い腕が男の体に絡みつく。
そのまま引き寄せると、志々雄の腕が由美の背中に回された。
焼けるような体温を感じながら、由美はそっと囁いた。



「由美・・・それが私の名前・・・」
「俺の名は志々雄真実だ」
「ししお、さま」
ころん、と彼の名前を口の中で転がす。

「由美、俺と一緒に来い」

しばらく男の熱を感じていたが、その声に少し体を離して志々雄の顔を見た。
「地獄の番人に門前払いされてこの世に舞い戻ってみれば、自分の実力如何(いかん)で天下を狙える時代になっていやがる。それなら天下を狙ってみるのも悪くはない」
「天下を狙うって・・・何とまあご大層なことを」
あまりにも大それた言葉に、くすりと笑った。
「だが、ここで退いたら男じゃねえ       違うか?」
真剣な眼差しで見つめられ、由美の顔から笑みが消えた。










この男なら、天下を獲れるかもしれない。










それは直感に近かった。
今まで花街で幾人もの男達を見てきたが、そう感じたのは志々雄が初めてだった。



こんな男もいるのだ。



志々雄こそ、誠の『漢(おとこ)』だ。
明治になってもう絶えてしまったかと思っていたが、思わぬところで出会うことが出来た。



「お前は俺のそばにいろ」



志々雄が由美のほっそりとした首に食らいついた。
炎に焼かれる錯覚を覚えながら、男の愛撫に由美の体が震えた。
滅多に日に当たることがないせいで雪のように白い肌に、火の粉のような口付けが降ってきた。
ガウンの前をはだけると、片手では納まりきれないほど豊満な膨(ふく)らみが露(あらわ)になる。
柔らかなそれは、揉みしだくたびにその形を変えていく



「は・・・っ、ああん!」



こらえきれずに由美の口から吐息が漏れた。
彼女が演技ではなく、本当に感じているのを見て取ると、志々雄の顔が満足げに歪んだ。
その証拠に、男の指の隙間から覗く頂(いただき)が硬くなっている。
志々雄はそれを口に含み、何度も角度を変えて吸い続けた。
「や・・・熱い・・・志々雄様、あ・・つ・・・ッ」

同じ箇所に何度も触れられると、火傷しそうなくらい熱い。

「し・しお、さまッ」
耐え切れずに悲鳴のような声で男の名を呼ぶと、それが耳に届いたのか、ようやく志々雄は唇を離した。
そして、自分のつけた刻印を眺めて薄く笑った。
「まるで薔薇(ろうざ)だな」
「え?」
呼吸を整え、由美も視線を落とすと、頂を中心にしていくつもの志々雄の印が刻まれていた。



女の白い胸に咲いた一輪の薔薇。



刺青のように描かれたそれは花弁のように幾重にも重ねられており、その様は志々雄の例えが間違っていないことを物語っている。
「しばらく跡が残るだろうが、消えたらまた咲かせてやるさ」










消えることのない、真っ赤な薔薇を。










「きれい・・・」
うっとりとして己の胸に咲いた華に見惚れていた由美の耳に志々雄の言葉が降ってきた。

「この薔薇を咲かせることが出来るのは俺だけ・・・そして、俺がそうするのはこの世でお前ただ一人だ。それを忘れるなよ」

その低い声は聞く者の背筋を凍らせるような響きを持っていた。
だが由美にとってはそれすらも身震いするような悦びに他ならない。
歓喜に震える声で由美はこう答えた。










「どこまでもお供いたします。例えそれが地獄であろうと」










それが私の出した答え。



由美は、今まで自分では何も決められないと思っていた。

自分の意思など誰も聞いてはくれぬと。

だが実際は己がそう思い込み、それによってもともと由美の中に宿っていた炎を眠らせていただけであった。
志々雄は冷えた胸の奥に眠っていた由美の炎を起こした。
彼女の炎より数倍強く、熱い炎で。










炎に焦がれた蝶は、その身すら焼いてしまうのかもしれない。
でも、それは蝶自身も分かっていること。










「由美は、いつ如何なる時でも志々雄様のおそばにいます」










この炎になら焼かれてしまっても構わない。
否、炎が望むならこの身を捧げよう。










だってそれは私の望みでもあるから        






【終】

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中森明菜「TATTOO」の歌詞には薔薇が出てきます。
「明治に薔薇なんてまだないんじゃない?」と思っていたのですが、調べてみると明治時代にもありました。
正確に言うと西洋の薔薇を日本で見るようになるのは明治維新以降ですが、コウシンバラやノイバラなんかは結構昔から日本国内に自生していたようです(古くは万葉集や源氏物語にも載っています)
呼び名はそうび(しょうび・さうび)、ろうざとか色々。
現代では人気の薔薇ですが、昔は棘があるということであまり好まれなかったようです。

B地区を中心に数ヶ所跡を付けたら薔薇になるよなぁ、と考えたのがきっかけ。
しかも常人ではありえない体温を持つ志々雄のこと。
吸い付いたら素晴らしく鮮やかな印が残りそうな・・・うひひ(怪)

頭の中、完全に腐ってます←いばるな;

アダルティーな話にはアダルティーなカップルで・・・というわけで包帯男と元・花魁の登場とあいなりました。
内容的に裏要素を含む作品になってしまいましたが、まあ直接的な性描写がないからギリギリセーフってことで←と言って逃げる