手強い。










剣を交えて緋村剣心はまずそう感じた。

幕末時代、人斬り抜刀斎として名を馳(は)せた頃も、そして流浪人として東京に流れ着いた後も、数多(あまた)の死線をくぐり抜け、それ相応の強敵と剣を交えてきた。
だが、今目の前にいる人物はその比ではない。










隙を作るな。
隙を見せるな。










修行時代、師匠からいつも同じ言葉で叱咤(しった)された。
そのおかげで、今の剣心は無意識のうちにその言葉を実践するようになった。
だが、かの人物はこちらが仕掛けてもそれをかわしつつ、攻撃の瞬間に生じる僅(わず)かな隙を見逃さない。



それだけいつも見られているということか。



ふ、と剣心は死闘の最中にふさわしくない笑みを漏らした。
ぼたりと音を立てて落ちた血が地面に染み込んでゆく。
痛みをこらえる剣心に対して、対峙している人物の表情はそれを見てもなにも変わらない。
能面のように剣心を見つめている。
恐らく、自分を殺してもその表情が変わることはないだろう。










ずきりと痛んだのは、今しがた一閃された脇腹の傷か、それとも己の心か。










一陣の風が吹き、砂を巻き上げてお互いの姿を隠す。
剣心は油断なく周りの空気に意識を向ける。










       来るッ!!










砂塵にまぎれて、見慣れた姿が視界に入る。



ギィィィィンッ!



その上から振りかぶる刀は寸分の狂いなく、剣心の脳天を狙ってきた。
それを真っ向から逆刃刀で受け止め、力任せに押し戻す。

力比べでは自分のほうが勝ることを分かっていての反応だった。

相手は再び間合いを取り、刀を正眼に構えなおした。
通常であれば剣心は相手の体勢が整う暇(いとま)を与えず、すぐさま飛天の技を繰り出すところであるが今回は出さなかった。










否、出せなかった。










なぜなら、剣心に刀を向けているのは他でもない、彼が最も愛する少女であったからだ。










「薫殿・・・・!」

吹き付ける風が、緋色と黒色の髪を宙に躍(おど)らせる。
掠れた声で呼びかけても、薫は何の反応も示さなかった。




















我が行く道は <1>










「おい剣心」
「何でござるか」
「この小松菜を使って料理したのはおめえか?」

左之助からの突然の不躾な質問にはぁ、と小さくため息をつくと剣心は言いにくそうにこう答えた。

「・・・・・薫殿でござるよ」










神谷道場で午前中の稽古が終わると、それを見計らったかのように左之助が訪ねてきた。
もちろん、タダ飯にありつくために。
薫からなんだかんだ小言を言われながらも、その日の神谷家の昼食に左之助も同席し、にぎやかな食卓となった。



が、剣心の一言でその場の空気が凍った。



弥彦は今話題に上っている小松菜の胡麻あえに箸を伸ばしかけていたが、剣心の言葉を聞いて、
「うえ、まじかよ・・・」
と、すぐ引っ込めた。
それを見て、薫の片眉がぴくりと動く。
左之助は大仰にため息をついて、
「剣心、おめえがついていたんじゃねえのかよ」
じろりと剣心を睨むと、彼は困ったように答えた。

「それが・・・・拙者も別の料理に取り掛かっていたゆえ、全部見ていられなかったのでござるよ。小松菜の茹で加減だけは見ていたのだが       










確かに出会った頃、薫の作る料理はこれを料理と呼んでいいのかと言いたくなるような代物であったが、最近は剣心や妙の手ほどきを受け、簡単なものなら作れるようになっていた。
だから今回も、剣心は薫に小松菜の胡麻あえを頼んだ。
先ほど左之助に告げた通り、小松菜を茹でる際には剣心もそばにいたので茹で加減は特に問題ないのだが。



「確かに小松菜はいい。が、問題は味付けだ。胡麻以外何も入ってねえじゃねえかよ」



そう。
出されたものには全く味付けがされていなかったのだ。
胡麻あえというからには胡麻しか使わないのだろうと、薫が早合点した結果であった。



「これじゃ食えるもんも食えねえぜ?」
そう言って左之助はくるりと薫に向き直る。

「嬢ちゃん、よく聞いとけよ」

薫はうつむいて何も言わない。
向き合う左之助の表情は真剣そのもの。
はたから見ると左之助が求婚でも申し込みそうな場面であるが、剣心と弥彦は薫の体から目に見えない怒気が立ち上っているのを認めていた。










「料理ってのは、食料を食べられるように拵(こしら)えるから料理って呼ぶんだぜ」
       !!」










この言葉で薫がキレた。
手元にあった汁椀をひっつかんでいきなり左之助に投げつける。

「おっと」

ひょいとそれを避け、素早く剣心の背後に回りこんだ。
「たまに作ったものを食べさせたらコレ・・・・?」
薫がすぅ、と立ち上がる。



「ふざけんじゃないわよッ!」



怒りのため頬を紅潮させて、手当たり次第に物を投げつけてきた。
投げてきたものはもちろん、彼女の目の前に置かれている本日の昼餉。
「か、薫殿、落ち着くでござるよッ!」
ちゃぶ台をひっくり返さないだけまだマシかもしれないが、投げられてくるものはほとんど食材を盛り付けた陶器。
左之助に背後を取られたため、それらはすべて剣心に向かって飛んでくる。命中すればかなり痛い。

「そうだぜ、嬢ちゃん、飯は静かに食うもんだし」
「アンタが言うなぁーッ!」

剣心は薫の攻撃をかわしながら、落下した衝撃に耐え切れず割れる皿の音を聞いていた。
・・・・・これ以上割られたら、使える食器がなくなるでござるよ〜ッ
実に所帯じみた考えを浮かべつつも、背後に回り剣心がその場から離れないように肩をがっしり掴んでいる左之助のせいでどうにも動きが取れない。



       と。



剣心は右手を挙げて、激昂している薫を制した。
「薫殿、そこまでにしておいたほうがいい」
「何よ、剣心は左之助の肩を持つの!?」
怒りで我を忘れかけている薫は物凄い眼つきで剣心を睨みつけた。
が、剣心は怒気のこもったその視線をさらりと受け流して、言葉を続ける。



「誰か来たようでござるよ」



さすがは幕末最強と謳(うた)われた剣客。
誰かが道場の敷地内に入ったことを瞬時に察知する。

薫が何か言おうと口を開きかけたが、ごめんください、という声に慌てて玄関に向かった。
その場に残された男達も今までの惨状を隠すかのように、割れた皿や飛び散った食材を片付け始めたのだった。




















「陸軍省所属の篠崎と申す」

カッと軍靴を鳴らして敬礼して、浦村署長と共に訪れたその人は名乗った。
年は五十を間近に控えたあたりか。
いかにも軍人らしい精悍な顔には、いくつかの深い皺(しわ)が年相応に刻まれていた。

「今回の件は、私が受け持つよう、上から指示を受けた次第」
「と、言うより篠崎中将が自ら志願したんですよ」

浦村が篠崎の言葉に補足を加える。
「自ら志願を・・・?しかし町での事件なれば、軍の管轄ではないのでは?」
剣心が疑問を口にすると、確かに、と篠崎が頷いて、
「だが、事の始まりはわが軍の施設から始まったことだ」
話すのも苦痛な様子で、彼は事件のあらましを語り始めた。















二ヶ月前、陸軍省の施設内である事件が起こった。
陸軍省に所属する軍人二十三名が何者かによって惨殺されたのだ。
犯人はすぐに分かった。

陸軍省に所属する軍人で、名は奥村栄吉。

お世辞にも学問のほうは優秀とは言えなかったが、剣術の腕前は軍の中でも抜きん出ていた。
すぐカッとなりやすい性格の持ち主だったが、豪胆な性格で上官の受けはよかったらしい。
事件当日は、よく晴れていて昼食後のわずかな自由時間、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。
それは奥村も例外ではなく、数人の仲間と芝生に寝転がって歓談していたという。



奇跡的に命を取り留めた彼の仲間の話によれば、奥村は犯行直前、通りかかった上官と何か話をしていた。
話の内容までは聞き取れなかったが、その上官が時間を気にするように自分の時計を見ながら話をしていたので、用件だけ言ってすぐ終わるはずだったのでは、その仲間は振り返る。
そしてその最中、いきなり上官の腰に差してあった西洋刀を抜刀し、目の前にいたその上官を一刀のうちに斬り捨てた。
驚いた彼の仲間は奥村を止めようとしたが、彼は何の反応も示さず、次々と仲間を殺していった。

周りにいた人間も、数人がかりで彼に立ち向かっていったが、奥村の剣の腕は軍の中でも五本の指に入るほどだ。

奥村は躊躇(ためら)うことなく、剣を振りかざし更に数人を血の海に沈めた。
騒ぎを聞きつけた他の上官が彼に声を掛けても何の応答もない。
止めたくても無闇に立ち向かえば被害者が増えるのは必須。
結局、軍内で一番と言われる剣の使い手が奥村を斬って、この血にまみれた事件は幕を下ろしたのだった。




















「奥村を斬ったのは・・・・私だ」
その時の手ごたえを思い出したのか、篠崎は己の手を開いてじっと見つめた。

「奥村は生来の短気な性格のせいもありますが、軍の規則を破ってばかりであまりいい軍人とは言えませんでした。本人もそれは自覚していまして、仲間に相談していたそうです。そういう経緯があるものですから、今回の事件は奥村が精神的に追い詰められた末の凶行と結論付けられました」
「でも、それならなんでまた軍のお偉いさんがこの町まで来たんだ?もう事件は解決しちまったって事だろ?犯人が死んじまったんだしよ」

浦村の説明に対してもっともな意見を左之助が言うと、
「ええ、この事件に関しては一応のカタはつきました。憶測ではありますけど動機もありましたし、何より本人は死亡していますし・・・ですが、軍の事件がひと段落したある日、今度は隣町で通り魔事件が発生しました」
「確か、その事件の犯人は自害したと聞くが・・・」
剣心の言葉に浦村が頷く。
剣心だけでなく、この場にいる薫達にも覚えがある事件だった。




















人通りが少なくなる頃を見計らうかのように、夜の帳(とばり)が下りると抜き身の刀を持った男が通りを闊歩(かっぽ)し、次々と殺戮を繰り返した。
被害者の数は十五名。
その中にはまだ年端もいかない子供や、立ち向かうことさえままならぬ非力な女性もいたという。

犯人は野口眞一郎。
隣町でも指折りの剣術道場に通っており、先月十八になったばかりの少年だった。

道場では真面目に稽古に取り組んでいて、穏やかな性格の持ち主だったため、野口少年を知る人は一概には信じられない、と全員が同じように答えた。
しかし、襲われた一人が最後の力を振り絞って通り魔にしがみつき、悲鳴を聞きつけ駆けつけた人々が目撃したのは、間違いなく野口眞一郎その人であった。
目撃されたせいか、野口少年は相手がこと切れた瞬間、狂ったように叫びながらその場から逃走。
その後一晩かけて野口少年を捜索したところ、彼が通っていた剣術道場の前で割腹自殺しているところを捜索中の警官が見つけた。
野口少年は遺書を残しており、そこには、

「自分でもよく分からない。しかし、人を殺したのは事実。大変申し訳ないことをした」

と短い文章が殴り書きされていたという。




















「事件は解決しましたけど、何だか痛ましい事件でしたね。その人の死に顔には後悔しながら自害したような、涙の跡があったって聞いたんですけど」
「まったくです。その野口という少年は人望があったらしく、事件が終わった後も道場主をはじめ、町の人間の表情は晴れませんでしたからね」
薫の言葉に浦村も同意した。










自分とさして年も変わらず、しかも己を高めるべき剣術を殺人に使われたという事実が、薫の心に暗い影を落としていた。
剣心は、そんな薫を気遣わしげに見つめる。
その視線に気付き、薫は大丈夫、という風に視線を返した。










「確かに後味悪い事件だったけどよ、それだって別に軍の事件と関係ないだろ?」
「コラ弥彦、目上の人に向かって失礼でしょ」
相手の年齢がいくつだろうと態度を変える必要なし、と判断していつもの口調で篠崎に問いかける弥彦に薫が慌ててたしなめる。
しかし、篠崎は自分よりかなり年下の子供にぞんざいな口調で問いかけられたことに目を丸くしたが、それも一瞬のことですぐ返事を返した。



「軍の事件と隣町の事件は、なるほど、関係ないかもしれない。だが、私はどうも引っかかる点があるのだ」
「何か不審な点でも?」
「不審というか・・・・共通点だな。この二つの事件はいくつかの共通点がある」



そう言って、篠崎は懐から一枚の紙を取り出した。
一同は顔を寄せ合うようにしてその紙を覗き込んだ。






次項



冒頭部分からとんでもないことになっています(^^;
この辺は頭の片隅にでも置いといてください。

「るろうに剣心は少年漫画誌に掲載されていた作品である」という原点に戻って書いてみました。
つまり当宿の「案内処」でも申し上げたとおり、

「愛あり、笑いあり、アクションありの痛快活劇」

を目指しております。
まぁ、σ(^^)の好みも入ってますが(笑)

謎解きミステリーと呼ぶには少々物足りないし、アクションシーンも・・・臨場感が出せたかどうか;
どうか温かい目で見守ってやってくださいm(_ _)m

タイトルの「我が行く道は」は学生の頃に歌った歌詞からとりました。
誰にでも歩いていく道はあるということで・・・歌詞自体は文章とあまり関係ないような(滝汗)
タイトルつけるの苦手なんですよぅ;
誰かうまいタイトルのつけ方教えて〜!