我が行く道は <2>



「まずは、犯人二人とも武術の腕が立つこと。凶器は日本刀だったが、奥村も野口も剣術はもちろん、体術の方もかなり出来る。まあ、性格は正反対だったが      そして被害者は屈強な男性、もしくは何か武術を嗜(たしな)んでいる者ばかりだったこと」
「え?でも、隣町の事件では女子供も襲われたって・・・」

言ってしまってから薫は話の腰を折ってしまったことに気付き、慌てて自分の口を手で押さえる。
そんな薫を咎(とが)めもせず、篠崎は目尻を下げ、彼女に聞かせるようにして話を続けた。

「よいところに気付きましたな。左様、二つ目の事件では被害者の中に女子供も含まれている。まあ、一つ目の事件が軍の施設内であったことを考えると、二つ目の事件は無差別殺人ということになる。しかし」
篠崎は薫から視線をはずし、自分の手の中にある書類に目を走らせる。
     しかし、調べてみたところ、二つ目の事件で殺されているのは圧倒的に男が多い。しかも、剣術や柔術道場に通っている者の数が大半を占めている。隣町で殺害された子供と女性      巷(ちまた)では何人も殺害されたように言われているが、今回殺された女子供は二人だけ。しかもその子供もかなり体格のいい子供で、女のほうも着物の上から羽織を羽織っていた」
「つまり、暗闇では大人の男と見分けがつかなかった、ということでござるか」
剣心の言葉に篠崎は頷く。



犯人は武術の達人で、彼らが狙うのもまた、武術の心得がありそうな人間。
それならばこの二つの事件は関連性があるといえよう。
しかし、剣心の疑問は晴れない。



「だが、それだけでは篠崎殿自らこの町に来た理由にはならない。他に何かあるのでござろう?」
「他の理由、とは?」
眉をひそめた篠崎を見ずに、剣心の唇から声が発せられた。










「たとえばこの町で二つの事件と同じような手口の犯行が起きている、とか」










薫と弥彦の目が大きく見開かれる。
「ほう、署長から何か聞いていたのかね?」
さして驚いた様子もなく、篠崎が問うと、
「いや、篠崎殿の話を聞いたうえで拙者が思いついただけのこと・・・しかし、その様子だと図星のようでござるな」
と、普段と変わらぬ口調で剣心が返した。



「浦村署長が君を推(お)しただけのことはあるな。実際、貴殿の言うとおりだ。先週の半ば頃、とある柔術道場の門下生が帰宅途中にいきなり刀を持った男に襲われるという事件があった。幸いなことに騒ぎを聞きつけた同じ門下生が駆けつけてきたため、犯人は逃走し、事なきを得たのだが、目撃証言を聞いてみるとどうやらこの二つの事件と関わりがありそうなのだ」
「というと?」
「二つ目の事件の犯人は野口眞一郎という少年だったが、彼が通っていた剣術道場で同門の仲間が事件直後、姿を消している」



ここまで言って、篠崎は浦村に視線を送る。
それを受けて、浦村が彼の言葉を引き取った。
「名前は田原平次。年は野口より二つ上の二十才で、野口とは同じ剣術道場の兄弟子にあたります。事件の翌日から姿が見えなくなったそうです」
「では、その男がこの町に潜伏していると?」
「我々としてはそう考えています。そして、以前の二つの事件と同じように、武術道場の人間が狙われるのではないかと」

その可能性はきわめて高い。
そうなれば、この神谷道場も犯人にとって格好の標的といえよう。










剣心は横目で薫を盗み見た。
この町に潜伏している犯人が二つ目の事件の犯人と同じ境遇と知って複雑な気持ちを抱えているのであろう。
うつむいた顔からは表情が読み取れない。
人のことより、自分のことを心配してほしいものだと、剣心は願う。










もっとも、己のことより他人のことを優先するこの少女にそれを期待するのは望み薄だが、と剣心は心の中で一人ごちた。



「ひとまず、我々としてはこの町の警護を強化し、田原が現れたらすぐ捕縛(ほばく)できるよう、奴が狙ってきそうな道場に警官を配置して      
「ここは必要ねえだろ、俺と剣心が居れば十分だし」



浦村の言葉を遮(さえぎ)って、なぁ、と左之助は剣心に同意を求めた。
「左之助の言うとおりだわ。あまり威張って言えることではありませんけど、当道場は現在、私とここにいる弥彦の二人しかおりません。ですから署長さん達は、ここより門下生の多い道場の警護に当たってくださいな」
そう言った後、二人だけの道場なんて犯人も襲い甲斐が無いでしょ、と薫は肩をすくめて付け足した。
「それはもちろん、緋村さん達がこちらにいらっしゃれば問題は無いと思いますけど・・・」

一つの町を預かるいち署長としては、すんなりと民間人の意見を受け入れるわけにはいかないらしい。

なんとか道場を警護しようと説得を試みるが、うまい言葉が浮かばず、いやその、と口の中でモゴモゴ言っている。
その様子を見て、剣心が助け舟を出した。










「何かあれば、増援を依頼するでござるよ」










この一言で浦村が折れた。
過去何度かこの赤毛の男に助けられたこともあり、剣心の実力を知っている浦村はこれ以上反論する理由がない。
      分かりました。それでも、一日に何度かは警察の人間に様子を見に行かせますからね」
それでも署長の面子(めんつ)にかけて、この一言だけは告げておく。
それが分かっている剣心達は、何も言わずに浦村の提案を受け入れた。




















浦村と篠崎の訪問から二週間が経過したが、これといった事件は起きなかった。
田原はこの町を出て別の町に向かったのかとも考えられたが、近隣の町でも特に目立った騒ぎは無く、結局まだこの町にいるのだろうということになり、強化された警護が緩められることは無かった。



「この町に潜んでいるって言っても、警察が捜索しても見つからなかったんだろ?じゃあやっぱり、もういないんじゃないか?」



神谷道場で稽古が一区切りした時。
弥彦が井戸端で汗を拭いながら、傍(かたわ)らで洗濯している剣心に問うた。
「しかし、この町を出ていったという決定的な証拠が無い限りは、まだ犯人はこの町にいるというのが警察の見解でござろうな」
「でもよ、警護の方はもういいんじゃねえの?ほかの道場なら数人で固まって行動すればいいし、俺もなるべく薫と一緒にいるし」
それなら仮に犯人と遭遇しても二対一でこっちに分があるしよ、と言いながら弥彦は剣心の隣にしゃがみこんだ。










薫が出稽古に行く際は用心のため剣心も同行していたが、弥彦の言うとおり、一人で出歩かなければ問題は無いのかもしれない。
しかし。










「確かにお主の言うとおりだが、犯人は警護の緩むのを待っているのやも知れぬ。それに、この一連の事件の犯人は全員剣の達人。こちらの人数が多いから勝てるというものでもござらん」
油断は禁物でござるよ、と剣心は濡れていないほうの手を少年剣士の頭に置いた。
子ども扱いされたのが気に食わなかったのか、弥彦は邪険にその手を振り払い、意地の悪い笑みを浮かべて、
「へん、もっともなことを言っているけど、結局のところ、薫のことが心配なんだろ」
と上目遣いに剣心を覗き込む。

「べ、別に拙者はそういうことは       

剣心が動揺しているのは、手にしている洗濯物を乱暴に扱っているところを見れば一目瞭然だ。
洗濯板に力任せにこすり付けているため、それが破れやしないかと、見ている弥彦のほうが心配になった。










これがあの人斬り抜刀斎だって言っても誰も信じちゃくれねえだろうな。










その抜刀斎がいまや一人の少女に骨抜きにされているのは、彼を知る人々の間では周知の事実である。
「薫にそこまで色気があるとは思えねえけどな」
「弥彦?なんか話が違う方向にいっているでござるよ?」
なんとか平静を取り戻し、剣心は話を元に戻そうとするが、この少年の頭に浮かんだ疑問を簡単に消すことはできなかった。
「なあ、剣心は薫のどこがいいんだ?」



直球の質問に剣心の動きが止まる。



問いかけてくる弥彦の瞳に下心は無い。
この少年は純粋に己の疑問を剣心にぶつけてきたのだ。
純粋ゆえに、剣心は弥彦を咎めることは出来ない。
「見かけはまあまあだけど、一皮剥けばただの暴力女だぜ?剣心だって、しょっちゅうどつかれてるじゃねえか」
「いや、お主が思うほど殴られているわけではござらんよ」
意中の少女の話題に持ち込まれて、剣心は内心穏やかではないが、ひとまず薫の肩を持つ。
「でも、料理は相変わらず不味(まず)いだろ?」



・・・・それは否定できない。



「剣心もモノ好きだよな。よりにもよって、あの薫を選ぶとは」
「や、弥彦、選ぶとか選ばないじゃなく、薫殿は       
「私が何?」
「おろ、薫殿!?」

いつの間にやら道着姿の薫が井戸端に姿を現していた。

こんなに近くまで来ているのに、気配を察知できないとは・・・・
よほど弥彦に振り回されていたらしい。
「私のことで何話していたのよ。あ、まさかまた悪口言っていたんじゃないでしょうね〜!」
薫の形のいい眉がつりあがるのを見て、剣心の勘が危機を告げる。



「滅相も無い!」
「ただの世間話だよ!」



剣心の言葉と弥彦の言葉が重なった。
実際悪口を言っていたのは弥彦だ。
それがばれてまたシメられるのを恐れたのだろう。
とにかく、この場での二人の意見は一致した。

「ん〜?・・・なーんか怪しいわね〜・・・」

その二人の様子に更に疑いを深め、薫は探るように見つめている。
「き、気のせいでござるよ。それより、何か用があったのではござらんか?」
「そうそう、剣心にお茶を頼もうと思って来たんだったわ」



ぽんと手を打つ薫に気付かれないように、三十路前の男とまだ幼さを残す少年は安堵のため息をつく。



「承知したでござる。ではすぐに用意を・・・」
「あ、剣心、お茶は四人分お願いしたいの」
「四人分?左之でも来たのでござるか?」
薫と弥彦、それに自分の分を入れたとしても一つ、余分である。
濡れた手を手拭いで拭きながら剣心が立ち上がった。
「ううん、篠崎さんがいらしているの」
ああ、と剣心は頷く。










浦村署長が公言したとおり、神谷道場にも一日何回か警邏(けいら)中の警官が立ち寄ることがあった。
しかしここ数日は警官ではなく、篠崎が訪れることが常となっていた。
いくら剣心や左之助がいるといっても、警官が配置されていない神谷道場を気遣ってのことらしい。










剣心が人数分の茶の入った湯飲みを道場に持っていくと、竹刀を持った篠崎が弥彦に何やら教えているところだった。
「あ、ありがとう」
薫が剣心の手から湯飲みの乗った盆を受け取る。
「弥彦はずいぶん熱心に教えを受けているでござるなぁ」
教えを受けているのは弥彦だけではない。
このところ、篠崎は道場に来るたびに薫や弥彦に剣の手ほどきをしているのだ。










始めの頃は、薫も「お仕事中に申し訳ない」と辞退していたが、最近では自分の稽古も篠崎に見てもらうようになっていた。
普段二人だけで稽古しているため、細かな部分まで指導が回らないことを考えると、陸軍省で一番の猛者(もさ)と言われている篠崎の指導は、いまや神谷道場にとってありがたい存在となっている。
無論、神谷道場には神谷活心流というれっきとした流派があるため、おもてだった指導ではないが、それでも細かな問題点を指摘し、助言してもらえるだけでも違いが出てくる。
剣心も篠崎の稽古をたまに見かけることがあったが、その後の薫と弥彦の動きが良くなっているのが見て取れた。










       では弥彦君、心を落ち着けて、この音に自分の呼吸を合わせて」



篠崎の懐から懐中時計が現れ、蓋を開けると秒針が規則正しく時を刻んでいるのが聞こえる。
「吸って吐いて、吸って吐いて・・・・そうだ。今の呼吸をいつも心がけるようにしていれば、より一層君の動きが良くなるぞ」
「分かった!」
瞳を輝かせ、篠崎を見上げる弥彦に薫は顔をしかめた。
「弥彦、あんたってばまたそんな口をきいて・・・」

すみません、と軽く頭を下げ、篠崎に湯気の立ち上った湯飲みを手渡す。

「いや、かまわんよ。弥彦君くらいの少年と対等に話をしていると、私も若返ったような気がするよ」
「今、指導されていたのは呼吸法でござるか」
自分より二回りほど違う篠崎の巨体と並んで、剣心が聞いた。
うむ、と頷いて、篠崎は美味そうに茶をすすった。






前頁   次頁



前章から引っ張ってきた事件のあらまし部分、終わり(笑)
賢明な読者様はお気づきかと思いますが、黒笠事件の冒頭部分を参考にさせていただきました。

口喧嘩はお約束ってことで。
長い話の時には所々潤滑油を入れとかんと書いていても気乗りしませんからねぇ←つまり、σ(^◇^;)が書きたかっただけらしい

あ、考えてみたら剣心組全員出揃ってるなぁ。