我が行く道は <8>



地面に落ちていた手頃な蔓(つる)で篠崎の両腕両足を縛り上げ、薫のもとに駆け寄った。
すると、長時間刀を振るい続けた反動だろうか。
薫の全身が熱病にでもあったかのように震えている。
「薫殿しっかり!大丈夫でござるか!?」
そっと彼女を抱き起こすと気を失っていたのは短時間だったらしく、弱々しいながらも薫はしっかりとした返事を返した。



       大丈夫でござるよ、剣心」
「おろ?」










覚えのあるやり取りに、剣心はしばし呆気にとられていたが、やがてふっと微笑み合う。
どうやら薫にかけられた篠崎の術は完全に解けたようだ。










「私は大丈夫・・・それより剣心の体、が・・・・ッ」
体を動かそうとして、薫の顔が苦痛に歪む。

無理もない。
術で操られていたとはいえ、その小さな体でかなりの無理をしたのだ。

「痛むのでござろう?無理せぬほうがいい」
「だって、私、剣心のことッ」
薫は震える手で剣心の赤い着物を掴む。
そこは、赤よりも濃い紅(くれない)の色が彼の着物を染め上げていた。
「ごめんなさい・・・私が剣心にその傷を・・・・!」
ぽろぽろと薫の瞳から透明な雫が流れ落ちる。



剣心が指摘したとおり、篠崎の術は完璧ではなかった。
薫は操られていても、剣心に剣を向けたことを鮮明に覚えていたのだ。
無論、彼を斬ったその瞬間も。



謝り続ける薫の手に己の手を重ね、剣心はやさしく語りかける。
「薫殿。薫殿が謝ることなど、何一つ無いでござるよ」
剣心の言葉に薫はふるると首を振り、
「だって、操られていたとはいえ・・・・私、剣心に刀を向けたわ」










心の中で何度「やめて」と叫んだことか。
この世で一番大切と思う男に対して刀を向けている自分を、薫はどうしようも出来なかった。










「わた・・・私、剣心のこと、ころそ・・・・ッ」



嗚咽のせいで言葉が途切れながらも「殺そうとした」と言いかけた薫の唇に、剣心の唇が重なる。
剣心の温もりが唇から直に伝わってきて、やがてそれは薫の体全体に染み渡った。



やがて柔らかい感触が遠のき、突然の口付けに薫が何も言えないでいると、
「薫殿は、拙者の命の恩人でござるよ」
と剣心がにっこり微笑んだ。
そして、彼は懐から血まみれになった一枚の布をとりだして薫に見せた。










血に汚れてひと目で判別できないが、それは間違いなく薫の髪を結わえていたりぼん。










「薫殿に無断で拝借しておいて、挙句こんな状態にしてしまい、なんとも返す言葉がないのでござるが・・・・・これのおかげで出血はおさえられたでござるよ」
それに、と剣心は話を続けた。
「操られていたが、薫殿はなんとか術から逃れようとしていたのでござるな。この傷もそうだが、先ほどの薫殿からの攻撃はすべて急所を僅かに外れていた       おそらく、無意識のうちに人を傷つけまいと己の中で戦っていたのでござろう」



だから、左之助への一撃も咄嗟に刃を返した。
そう考えると、彼の傷が打撲程度で済んだことが納得できる。



剣心がそう告げると、今まで止まっていた涙が新たに溢れ薫の頬を濡らした。
だが、その涙は先ほど流した謝罪の涙とはまた違う涙であった。










自分がやったことに対して、薫はやはり恐怖を感じていた。
己の意思はなく、ただ刀を振るい続け、人を傷つける。










あのまま術中にいたら、薫も過去二回の事件を繰り返していたのかもしれない。
そう考えると、体中に戦慄(せんりつ)が走った。
そんな薫の胸中を察した剣心は、労わるように言葉を重ねる。



「よく戦った。さすがは神谷活心流の師範代でござるな」
「ばかね。実際戦って傷ついたのは剣心じゃない」



泣き笑いになってしまったが、それでも薫はいつも通り振舞おうとした。
そしてふと気遣わしげに、
「剣心、脇腹の傷、痛まない?いくら出血が止まったといっても傷が塞がったわけではないでしょう?」
と剣心を見やる。
「大丈夫でござるよ。出血さえ止まればあとは別に・・・」
「いいわけないでしょッ!ちゃんと手当てしないと・・・ッ!?」

思わず薫が身を起こすと体中に激痛が走った。

「つ・・・う・・・・!」
「薫殿ッ・・・・・だから、無理は禁物でござるよ!」
「だ・・・って・・・」
痛みのため浅い呼吸を繰り返す薫を、己の両腕でくるむようにして剣心は抱きしめる。










「頼むから       無理はしないでくれ」










剣心の声が変わったことに気付き、薫が彼の顔を見ると、苦しそうな色を浮かべて自分をじっと見つめている剣心の瞳と出会った。
「・・・・うん・・・ごめんね?心配かけて」
薫が傷つくと本人以上に苦しむ剣心に、薫はおとなしく彼に身を委(ゆだ)ねた。



薫が傷ついた剣心を思いやるように、剣心もまた、薫を思いやる。



痛みが遠のいたのか、薫の呼吸が落ち着いてきた。
その様子に安堵し、剣心は彼女の額にうっすらと滲んだ汗を拭うようにして撫でた。
「もうすぐ、署長殿や弥彦達が来る。そうしたら、あとのことは警察に任せて家に帰ろう」
「うん       そうだ、剣心」
「何でござるか?」
呼吸を整えた薫は剣心に向かって微笑んだ。










「ただいま、剣心」
「おろ?」










唐突な薫の言葉に、剣心は間の抜けた声を発したが。










「お帰り、薫殿」










すぐ笑顔になって言葉を返すと、薫は安心したように剣心の胸元に頬をすりよせた。



「ここに帰ることが出来て、よかった       
「ああ・・・・・そうでござるな」



薫の瞳からまた一つ、ぽろりと零れた雫を剣心は己の唇で拭う。




















「すべてはこの国の未来のため」



剣心は薫の温もりを感じながら、篠崎の言葉を反芻(はんすう)していた。
この国の未来を案じたがゆえに生じた、歪んだ理想。
今回の事件は己の狂気の末の事件であったが、それでも篠崎の国を想う心というのは本物だった。
ある意味、篠崎のやったことは正しいのかもしれない。

剣心とて、この国の矛盾を感じて立ち上がった一人だ。
篠崎の気持ちも分からなくもない。

しかし、誰かを犠牲にした理想郷など所詮はまがい物。
そんなもの現実にあってはならないものだ。
この国の行く末は確かに気にかかる。
だが、剣心はこの国がどう変わろうと、己の腕の中にいる少女の方が大事だった。
彼女がそばにいなかったら、自分も篠崎のように狂気に身を任せていたかもしれない。
篠崎にも、すぐそばに大切なものの存在があったなら今回のような悲劇は起こらなかっただろう。




















いまだ月の光も無い闇の中。
未来もまた、闇に隠され見ることが出来ない。
それでも人間はほんの小さな光を頼りに歩き始め、自分以外の光を求め生きていく。










剣心は薫という儚くて眩(まばゆ)い光と出会った。
薫は剣心という強くて脆(もろ)い光と出会った。










二つの光はやがて一つとなり、その光は溶け合って更に輝きを増した。
闇夜に浮かぶその光は、やがてこの場を騒がす人間たちが来るまで、お互いの体温と共にその存在を感じていた。






【終】

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お・・・終わった・・・(がくり)
終わり方もこれまた刃衛編を意識してみたんですけど・・・意識と言うより思いっきりパクっている観も無きにしもアラズ(爆)

えーと、約二ヶ月ですか。
長い文章で申し訳ないっす・・・・
どうもσ(・_・ )は短編より長編になってしまう傾向がございまして、本人にそのつもりがなくても長ぁい文章になってしまうんですね。
短編が書けないってコトではなさそうですが、なんか目に見えない何かがσ(^◇^;)を操っているとしか←待て

「我が行く道は」は、サイト開設以前にちまちま書いていたるろ小説で初めての長編でした。
そのせいか結構思い入れのある作品です。
戦闘シーンとか好き勝手に書いているので、自分でもお気に入りだったりします。
自分の思い入れのある作品にお客様からお褒めのお言葉を頂くととても嬉しいです。

焦れまくりながらも辛抱強くお付き合い頂き、ありがとうございましたm(_ _)m