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明王は導かない 【後編】



迫り来る水夫達を見渡し、
「己の思い通りにならなければ最後は力ずくか?国が違っていようとも悪党の考えることは同じらしい」
誰にも聞こえぬ声で呟くと、安慈が一歩進み出る。
そのままやりあうのかと思いきや、彼は殺気立った水夫には目もくれずリチャードの乗ってきた馬車に近付いた。
何をする気なのかと剣路が首を傾げていると      



ズパァァン!!!!!



大きな炸裂音と共に馬車が真っ二つに砕け散った。
衝撃と音に驚いて馬がいななきながら離れていく。
後には駆けていく蹄の音と文字通り粉々になった馬車の一部が風に吹かれていった。
呆然として立ちすくむリチャードと水夫達に一眼をくれてやると、戦意を喪失した数人がほうほうの体で逃げ出す。
リチャードが大声で呼んでも止まる者はいなかった。

      行くぞ」

同じように唖然としていた剣路であったが、
「ま、待ってくれよッ」
アカラナータの手を引いて慌ててついていく。
「あいつらは放っといていいのか?どうせなら二度と悪さ出来ないくらい痛めつけてやったほうがいいんじゃ」
後ろを振り返りながら歩く剣路に対し、安慈は前を向いたまま答えた。










「二度と悪さが出来ないくらいとはどのくらいだ?目を潰し、手足を奪うことか?もしくは殺したほうがよかったか?」
「別にそこまではしないけど・・・」
「先程の剣筋といい、主はなかなか腕の立つ若者のようだ。しかしそれだけでは何も解決せん」

静かに、しかしきっぱりと言い切る安慈に返される言葉はなかった。
無言で歩き続ける二人をアカラナータが不安そうに見ていたが、彼もまた何も言わずに歩き続けた。















再び言葉が発せられたのは横浜の町が見えてきた頃。
「何だ?」
露天のあちこちで言い争いをしている警官の姿が目に入る。
「この絵はどこで手に入れた?」
「オー、ワタシナニモワルイコトシテナイネ。コレダッテチャントカッタモノヨ」
「ちゃんと買ったものならどこで誰から買ったか言えるだろう!?」

よく見ると警官達は皆書類を手にし、それを見ながら並べられた品々を調べている。
書類と同じ品があれば出所を追及しているようだ。

「日本の美術品や文化財が出回っていないか見ているのだろう。全てがここにあるとは限らないが」
「ここになかったらどこにあるんだよ?」
「おそらくは船の中だ。リチャードのように寄航する船も多いからな」
まるで見てきたかのように話す安慈に相槌を打つのも忘れ、ただただ驚くばかりだ。
僧といえば世俗を離れて修行の日々に明け暮れているとばかり思っていたが、安慈は世の中全てのことに精通しているかのようだ。



それに比べて俺は世間知らずのただの子供だ。



安慈は世の中の流れも、現実もしっかり把握している。
今まで剣路もそれなりに分かっていたつもりだったが、それは本当に『つもり』だった。
剣の腕前が天下一品と誉めそやされ、そして人を見る目があってもそれだけでは何も出来やしないのだ。

(さっきだって坊さんがいなかったらアカラナータはリチャードに連れて行かれたんだ)

以前、他道場の門人達と手合わせをしたことがあり、絶対勝てると思っていた相手に負けたことがあった。
そのときはたまらなく悔しく、しばらくは周りが心配するほど塞ぎこんでいたものだ。
しかし今は無力感だけが剣路を支配している。
世の中には剣路が思っている以上に知らないことがたくさんあるのだ。










      強いだけじゃ駄目なんだ。
俺はもっとたくさんのことを知って色んなものをこの目で見てみたい!










心密かに決意を固めたとき聞き覚えのある声がかかり、剣路の眉が不機嫌そうにひくりと動いた。
「剣路」
振り向くのも嫌だが安慈とアカラナータが振り返ったため、剣路も同じ行動をせざるを得なくなった。
そこには自分と瓜二つの血を分けた父親が目を丸くしていた。
が、安慈の姿を認め更に瞳が見開かれる。

「お主、悠久山安慈か?」
「誰かに似ていると思えばそうか、お前の息子か」

表情を緩ませる剣心と安慈を見て、ますます仏頂面になる。
「何だよ、親父と知り合いなのか?」
「ああ、昔世話になった」
「拙者は何もしておらぬよ。それより安慈、何故横浜に?出所したというのは蒼紫から文をもらって知ったが」



まるで報せがなければ出所したことすら知らなかったと言わんばかりだ。
しれっとしている剣心を見て、これが演技であれば大した役者だ、と心の中で呟きながらこれまでの経緯を説明すると、
「左様でござったか。分かった、そのリチャードとやらのことは署長に伝えておこう」
手を上げて一人の警官を呼び止めると言伝を頼み、再び安慈と向き合った。



「それにしても件の英吉利人が世界中の古美術品を溜め込んでいることがよく分かったでござるな」
「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により寺や神社が打ち壊された際、神仏像や経文などが焼き捨てられた。だが実際は金になりそうなものは焼かれる前に盗まれ、外国人に高値で売られたという話を聞いたことがある。だから今回も似たようなことが起きたのではないかと思ったのだ」
話している内容は日本語のはずなのに全く理解できない。
そんな剣路をよそに大人二人の会話は続く。
「して、お主はこれからどうする?」
「そのことについて頼みがある」
「何でござろう?」
頼みごとと聞いて剣心は人の好い笑顔で応えた。
安慈の望みは二つ。










「リチャードの船に乗っている印度の仏像を一体この子に返して欲しい。そして印度行きの船があれば私とこの子を乗せて欲しいのだが」










思いもよらなかった台詞に剣路が仰天した。
「おいおい、印度まで行くつもりかよ!?」
「どうせ当てのない旅だ。ならば世界を見てみるのもよかろう」
淡々と語る安慈に苦笑するしかない。

「全くさっきの技といい・・・無茶苦茶な坊さんだよ」
「だから破壊僧だと言っているだろう」
「ああそうだったな」

笑っている息子と安慈を見て、自然と剣心の頬が緩んだ。
「分かった。お主とその子供のことは署長に頼んでおく」
「出来れば早いほうがいい」
「何もそう急がずとも・・・こうして出会えたんだ、今夜は家に泊まって    
剣心の申し出に安慈は首を横に振った。
「リチャードがいつ戻ってくるか分からんし、時間が経てばまた何か仕掛けてくるかもしれん。そうなれば仏像も探しにくくなるだろうし、何よりアカラナータを一刻も早く安心させてやりたいのだ」
もっともな答えにそうか、と短く答えるしかない。
そして剣心は先程と同じように警官を呼びとめ、事情を説明し始めた。
その間、剣路は目だけを安慈に向けて尋ねた。
「アカラナータを送り届けたらまた日本に戻ってくるのか?」
「それは分からない。戻ってくるとしても何年も先の話だろう」
「そっか」



気のない返事をしたが正直なところ安慈と別れるのが惜しかった。
できれば彼が今まで見聞きした様々なことをもっと聞きたかったのに。



そんな剣路の胸中を感じ取ったのか。
「主に会えてよかった。人の出会いは一期一会とはよく言ったものだな」
無骨な顔に似合わずやさしい微笑みが剣路に向けられた。
「俺だって坊さんやアカラナータに出会えてよかったけど、結局すぐ別れちまうじゃないか。坊さんの話とか聞いてみたかったのに」
照れ隠しでぶっきらぼうな口調になるが、安慈は気にしなかった。

「話すことは確かに出来るが、主が実際に経験したほうがいいことばかりだ」
「俺が、自分で?」

言われた言葉に驚き思わず安慈を見やると、先程と変わらない瞳でこちらを見ている。
「そうだ。話に聞くのとその身をもって経験するとでは雲泥の差がある」
剣路が更に問い返そうとするが、それは己の父親に阻まれた。
「安慈、お主の探している船だがすぐ案内出来るそうだ。それと、今夜印度を経由する船が出港するらしい」
「では、これで別れることになるな」










安慈がアカラナータを呼び、最後に剣路を見やる。
「達者でな」
「ああ、坊さんも・・・アカラナータも元気でな」
にこりと笑いかけるとアカラナータも別れを感じ取ったのか手を合わせて微笑み返した。










案内を命じられた警官が安慈に付き従う。
安慈の巨体が見えなくなるまで見送ると、後に残ったのは剣路と剣心だけになった。
「さて、どうする剣路。こちらの用事はまだかかるゆえ、先に帰っているか?」
「・・・・まさか俺があんたの用事が済むまで待っているとでも思っているんじゃないだろうな」
心底嫌そうな顔が向けられる。
「おろ、違うのでござるか?」
「先に帰るに決まってるだろ!何が悲しくて親父と二人連れ立って帰らにゃならんのかッ」
不機嫌を通り越して怒り心頭の息子に、おろ〜としょぼくれた。
そんな情けない父親の姿を見てばつが悪そうに、



「だから母さんに伝えておいてやるよ。親父の仕事がもうすぐ終わりそうだからいつもの煮物を作っておいてくれって」



そう言うと途端に剣心の表情が輝きだす。
これで持参した煮物を台無しにしてしまったことに関してはチャラになったはずだ、と自分に言い聞かせ、
「じゃあな!お先ッ」
そのまま立ち去ろうとしたのだが、数歩進んだところで足を止めた。
振り向かなくてもまだ剣心の視線が自分に注がれているのが分かる。
分かっているからこそ、そのまま剣路は口を開いた。










「俺、今回のことで自分の小ささがよく分かったよ。無知であることがこれほどまでに無力だとは思わなかった」
剣心からは何も返ってこない。
きっと剣路の話を全て聞くつもりなのだ。

すぅ、と大きく息を吸い込み、自分が考えていることを父親に伝えた。

「だから家を出てまずこの国を見てまわりたい。そして、その後は世界を見たいんだ」










さすがに話が飛びすぎたか、と口をつぐんだ。
だが、これが剣路の今の気持ちだ。

「も、もちろん今すぐじゃなくて何年か後の話で」
「好きにしろ」

迷いのない答えに一瞬聞き違えたのかと思った。
思わず振り向き、父親を見る。
余程驚いた顔をしていたのだろう。
剣心が口角を上げ、珍しいものでも見るかのように息子の姿を眺めていた。
「聞こえなかったか。好きにしろ、と言ったんだ」
「いいのかよ、そんなあっさり・・・」
爆弾発言をしたのは自分だが、まさか即座に許可が下りるとは思わなかったため、剣路の声に困惑が混じる。
剣心はと言えば逆にそう思われたことが心外らしい。



「息子が決意したことに対して止める理由があるのか?・・・まぁ、母さんは何か言うだろうからお前の言うように今すぐ行動に移すのはやめたほうがいいかもしれんがな」



最後は苦笑で締めくくると、それでやっと剣路もいつもの調子に戻った。
「言われなくても分かってるよ!」
捨て台詞を残し、あとはもう振り向かずに駆けていった。

「親の知らぬ間に大きくなっているのでござるなぁ」

息子の背中が心なし大きく感じられ、剣心は寂しいような誇らしいような気持ちで剣路の駆けていく姿を見ていた。















それから二年後      もとは剣心のものであった逆刃刀が、現在の持ち主である弥彦から剣路に譲り渡されたのはまた別のお話。




















【終】

中編  感謝処



灌園叟(かん えんそう)様よりキリリクいただきました!
最初にお名前を拝見して、
「何とお読みするんでしょう?」
と聞いた阿呆はσ(^◇^;)です・・・すみません無学でッ

ご希望内容をお伺いしたところ、
「剣心や蒼紫の尽力により15年(明治26年)で仮出獄した安慈を絡めて、何か書いていただけませんか?」
とのこと。
脳内に浮かんだのは筋肉ムキムキな体を惜しみなく晒し、向かってくる敵を難なくなぎ倒すスーパー坊主・安慈(何)
しかしその後、剣路が登場することが判明。
よかった、スーパー坊主の展開にならなくて(笑)

「坊さんだから仏像とか関係ある話がいいよね」
とまず白毫相が思い浮かび、
「仏像と言えばインドか・・・(根拠なし)」
ここでアカラナータが登場。
「そいやこの時代のインドってイギリスには植民地支配されているんじゃなかったっけ?(うろ覚え)」
そんな怪しい記憶からイギリスの貿易商人・リチャード登場。

こんな無茶苦茶な思い付きからまともなものができるわけがない←断言
予想通り無茶苦茶な内容&長編に仕上がっています・・・皆さん、温かい目で見守ってやってくださいm(_ _)m



ちなみに眉間白毫相があるのは釈迦や観音の如来・菩薩像のみで、四天王や不動明王などの天部・明王像にはありません。
アカラナータは不動明王の梵名から・・・と言いたいところですが、昔放映された某アニメのキャラクターから拝借。
原作では少ししか描かれていませんでしたが、それでも明治という平和な時代に生まれ両親や仲間達に恵まれた剣路は普通の少年として育ったのだと思います。

むしろ剣心と薫が両親なんだから少しばかしひねくれていたとしても絶対いい子に育っているはずだと(断言)

それでプラス天性の剣の腕があって・・・となれば、彼の欠陥的とも呼べる部分は一体どこだろうという疑問にぶち当たりまして。
で、考えてみた結果、やはり若さかなと。
若いというのは無限の可能性を秘めていますが、その反面、経験不足や生まれてから今に至るまでの限られたことしか分かっていないという知識不足が伴います。
きっと剣路も若さゆえに無鉄砲なことを仕出かしたり、知ったかぶりでいることもあったでしょう。
もちろん剣心や薫も諌めることはあったでしょうが自分に近しい人だとなかなか聞き入れないんですよねー・・・特に剣心からは(笑)



灌様、十六万打申告&リクエストいただき、ありがとうございました!