黄金魂



雷十太との戦いが終わり、診療所に戻るとひと騒動起きていた。
「恵殿、これは・・・?」
由太郎の様子を見るため彼が寝かされている部屋に入ると、反対側に設けられた寝台に薫が寝かされていた。
待ちくたびれて寝てしまったのではないことは、額に乗せられた氷嚢で分かる。
しかし何故このような状態になっているのかが分からず、恵を見ると、

「・・・剣さん達が出て行った後、私と先生は使っていた道具を片付けていたんですけど、その間由太郎君は薫ちゃんに見てもらっていました。その時はいつもと変わらなかったんですが、私が戻ると床に倒れている薫ちゃんがいて・・・ご覧の通り、熱があったため寝かせたんですが」

恵も自分が離れている短い時間に何があったのか分からないらしい。
やや困惑げに首を傾げている。
「嬢ちゃんも気疲れしたんじゃねぇの?一応そのガキも嬢ちゃんの弟子だし、向こう見ずな一番弟子は飛び出しちまうし、残りの一人は怪我しているくせにまた出て行くし」
「おい!向こう見ずって誰のことだよッ」



隣で始まった諍いを無視して薫の額に触れると、言われたとおり平常より熱い。
が、熱さましの薬を含ませると無意識ながらごくりと飲み干し、その後は安らかな寝息に変わった。
同じように薬で寝入っている由太郎は、報せを受けて飛んできた塚山とその家の者たちによって自宅へと運ばれた。
薫が目を覚ましたのは、明け方になってからだ。



「熱は下がったようね」
薫の額に手を当てた恵の声にはかすかな安堵が含まれている。
「私、倒れたんですか?」
初めて寝台に横たわっていることに気づいたようで、薫はきょとんとしている。
そんな少女の様子にやや呆れながら、
「まったく、看病していたほうが看病される側になるなんて・・・こっちの仕事を増やさないでくれる?」
「こっちはこっちで戦っていたってーのに、のんきなもんだぜ」
「お前はただ一人で突っ走って雷十太に吊るされただけだろーが」
「う、うるせぇ!!」
枕元で繰り広げられる騒がしさに呆気にとられていると、一番遠くの椅子に腰掛けていた剣心の声が聞こえた。
「しかしこれなら大丈夫そうでござるな」
何気なくそちらを見て、診療所を出る前より傷が増えている姿を認め、
「剣心、その傷は?」
憂いを含んだ問いに、かの人は口元に笑みを乗せてこう答えた。
「まだ麻酔が効いていたようでうまくかわしきれなかったのでござるよ。薫殿も色々あって疲れたであろう。今日はゆっくり休んだほうがいい」



自分のことより人を思いやる剣心の心遣いがとても温かく、そして切ない。



(どうしてこの人は)
自分を大切にしないのか。
それが緋村剣心という男なのだ、と分かっていても増える傷を見るたびに胸が締め付けられた。
せめて自分が剣心を守りたいと思う。
だが、そうするには力が足りないということも分かっていた。
(強くなりたい)
仲間たちの騒ぎに苦笑いを浮かべている剣心の横顔を見つめながら、薫は己の胸に固く誓った。















それから毎日、剣心達は自宅で静養している由太郎を何度も訪ねた。
しかし本人は会いたくないの一点張りで、その都度薫達はお決まりの台詞と共に手土産を渡すだけで精一杯だった。
いつぞやの老執事に様子を聞くと、食事を摂ってはいるがそれ以外はずっと部屋にこもり、何もするでもなくただぼんやりとしているという。



そんな中、由太郎が父親と共に独逸(ドイツ)に渡ると聞き、出発日に一同は新橋駅まで見送りに出た。



由太郎が傷ついた夜、風に導かれるままに体を動かした薫はこれで大丈夫だと確信していた。
雷十太の放った飯縄とは違い、薫自身と風が自然と同化するような感覚が薫に自信を持たせていた。
だが、今まで来訪しても面会もできず、旅立つ今もこちらを見ようともしないということは、由太郎の腕はまだ動かぬままだということ。

(すぐに効果が現れるわけではないのね)

腕の神経まで断ち切られてしまったなら、まずその神経を繋ぐことから始まる。
そうなればやはり時間がかかるのだろう。
うつむいたまま去り行く少年に、かける言葉が浮かばない。
それは薫だけではなく、剣心もまた無言のままだった。
「ではこれで」
塚山に促され歩き出す由太郎の背中からは何も感じられない。
この少年は雷十太への思慕はおろか、剣術への情熱や感情も全て無くしてしまったのか。
すると       










「由太郎!!」










今までずっと黙っていた弥彦が飛び出し、そのまま竹刀で由太郎に襲いかかった。
気配を感じた由太郎が反射的に左手に持っていた杖で防ぐが、やはり右に比べて力が弱いのか、若干押され気味だ。
「てめえはこのまま・・・いじけたままで終わっちまう気かよ!!!」
ぐっと更に力を込めると、由太郎の体が傾いだ。
「雷十太に裏切られたのがそんなに辛えんだったら、雷十太より強くなってフッ切っちまえばいーだろうがッ」
「弥彦、あんた何を      
止めようとする薫を剣心が制する。
無言で少年たちを見つめる剣心に倣い、薫もまた彼らに視線を戻すとそこに驚くべき光景が待っていた。



「・・・黙って聞いていれば好き放題言いやがって・・・・ッ」



表情が消えていた由太郎の瞳が憤怒に燃えた。
両足を踏ん張り、左手のみで竹刀を振り払う!
「大体てめえなんざもともと左手一本で十分なんだ!」
「生言うんじゃねーよ、この猫目のいじけ虫が!」
「うるせェ!このヒネクレチビッ
罵声を浴びせながら乱闘を始める二人を止めるものは誰もいない。
いつもなら真っ先に間に入る薫も口元に笑みを浮かべ、
「・・・そうか」
「心配無用、でござるな」
後を継いだ剣心の表情も穏やかだ。

息も絶え絶えになりながらも一向にやめる気配を見せない少年達は、それぞれの保護者によって引きはがされた。
「必ず帰ってこいよ」と告げる弥彦の眼差しを、汽車に乗り込む由太郎はまっすぐ見返した。

薫は一番弟子の肩に手を置きながら、由太郎に言った。
「神谷活心流二番門下生の席、空けて待っているからね」
先ほどの虚ろさとは裏腹に強い光を宿した由太郎の瞳を見つめながら、薫は剣心の言葉を思い出した。



心配無用、と。











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立ち上がれ 上がれ 恐れずに前へ
走れ 走れ ぶっ倒れるまで
上がれ 上がれ 一か八かなら
お前の明日 今よりましか 賭けてみろ今

Song:湘南乃風