何度でも <2>



やがて剣心も山菜を採ることに専念し始め、薫がふと視線を走らせると広い草原で良助が走り回っている。
父親の栗木はというと、こちらも山菜採りに没頭していた。
どうやら父親から一通りの説明が終わり、栗木が山菜を採り始めるとこの草原を探検してみたくなったようだった。
自分の背丈より高い草むら、山肌に自然に出来たらしい窪み・・・・・どれをとっても子供の好奇心をくすぐるには十分といえた。



さっきまで真剣に父親の話を聞いていたかと思えば・・・



やはり遊びたい盛りの子供なのだろう、と薫の頬が自然と緩んだ。
「これはタラの芽、こっちはコシアブラ・・・これだけあれば明日の夕餉には天麩羅に出来るでござるな」
ひょいひょいと慣れた手つきで収穫したものをより分けていく。
薫も自分の知っている山菜を見つけては剣心に声をかける。
「あ、これはワラビでしょ?お味噌汁に入れるとおいしいのよね」
「コゴミは茹でたものに醤油と鰹節を和(あ)えるだけで立派なおかずになるでござる」
「うふふ、明日は山菜料理が盛りだくさんね!」



和(なご)やかな会話の中、栗木が二人に近づき、籐の籠から一房の山菜を取り出した。
どうやら剣心達と出会う前に採ってきたものらしかった。



「お侍さん、こいつも持っていくかい」
「ほう、ゼンマイでござるな・・・しかし、採るのに苦労されたのではござらんか」
「え?苦労って?」
自分に理解できない会話に薫が口を挟むと、剣心はそんな彼女を穏やかに見つめて説明してやる。

「ゼンマイというの急な斜面や沢沿いといったところに群生しているので、食べられるほどの量を摘むとなるとかなり歩き回らなければならないのでござるよ」
「え、そうなの?てっきり簡単に採れるものかと・・・」

意外な事実に目を丸くすると、栗木が少し胸を反らせて笑った。
「ははは、意外と自生している場所っていうのは知られていないもんなんだよ」
「それに乾燥させれば保存が利く。そうすればいつでも食すことが出来るでござるよ」

剣心が補足すると、栗木の表情が感心したものに変わった。

「お侍さんもこの時期には山に入ったクチかい?」
ふと思い付いた疑問を口にすると、
「山で過ごした時期があったゆえ、その頃にはよく・・・あ、薫殿、その木には近づかぬ方がいい」



栗木と会話しながらも薫の存在を忘れない。



「え?何で?」
「そこにあるのはヤマウルシといって、汁がつくとかぶれてしまうのでござるよ」
「そうなの?やだ・・・」
剣心の言葉を聞いて、二・三歩後ずさった。
「ヤマウルシのように毒をもつ木や草もある。分からないものがあったら不用意に採ろうとせず、拙者に教えて欲しいのでござるが」
「うん、分かった」
仲睦まじい様子を見せる二人に栗木はからかうようにこう言った。
「そうだな、お侍さんに聞いた方が安全だ。よかったなお嬢さん。頼りになる旦那さんで」










瞬間、剣心と薫の顔が赤くなる。










「だ、旦那さんって・・・ッ」
「おろ!?」
「いやいや、熱いねご両人」











栗木はそんな二人を面白そうに見比べて、からからと笑いながら先ほど自分がいた場所に戻った。
すると良助がもじもじしながら近くに寄ってきた。

「・・・父ちゃん」
「ん?何だ、小便か?」

父親の問いにふるふると首を振る。
「あのお侍さん、他のお侍さんに比べて何か違う感じがする」
「そうか?同じように帯刀しているじゃねえか」
確かに少し変わっちゃいるが同じだろ、と答えると再び息子の首が横に振られた。










「でも、他のお侍さんのように怖い感じがしねえ。俺と目が合っても怖い目で睨んだりしねえもの」










良助の言葉に栗木は少し目を見張った。
おとなしい性格の良助がこんな風に人を評価するのは珍しい。



子供なりの直感、ということか。



栗木も人の親となって初めて知ったことだが、子供の観察力にはいつも驚かされる。
「だけど刀を持っているってことは、あのお侍さんもやっぱり怖い人なんか?」
今まで栗木が出会った侍は、己より強いものには媚びへつらい、己より弱いものにはその力を以って好き放題やってきた連中ばかりだった。
そんな侍達に栗木も何度苦汁を舐めさせられたことか。



「ああ・・・そうかもしれねえな」



ぽつりと独り言のように漏らすと、良助が少し怯えたような瞳で剣心のいる方角を見やる。
そんな息子の姿に苦笑しながら、栗木はしばし考えてこう言った。
「良助、お前が今まで見てきた怖い侍ってのは皆一人だったんじゃねえか?」
こくり、と良助の首が縦に動く。










「あのお侍さんが怖くないのは・・・きっとあの娘さんがそばにいるからなんだろうな」










剣心のことは最初からいい人間だと確信していたが、それを幼い良助に説明するにはまだ理解できぬような気がして当たらずしも遠からずな答えを口にすると、
「ふぅん・・・あのお姉ちゃんがそばにいるからかぁ・・・」
と首を傾げながらも再び剣心を見た。
「お前も将来嫁をもらう時はあんな娘さんを選ぶようにしろよ」
「?」
父親の言葉を理解できない良助の頭を、栗木はぐしゃぐしゃと撫で回した。
栗木の視線の先には穏やかな笑みを絶やさず、傍らにいる少女を見守っている赤毛の侍の姿があった。




















やがて太陽が西に傾き始めると、
「さて、そろそろ引き揚げるか」
と栗木が腰を上げた。
「収穫はあったかい?」
「これで数日分の食料になったでござるよ」
栗木の声に答えながら、剣心と薫は彼の方に近づいていく。
が、剣心の背後を歩いていた薫がふと何かに気付いたかのようにくるりと踵(きびす)を返した。

「薫殿?」
「良助君がまだいるみたいなの。ちょっと待ってて!」

そう言うなり、薫は駆け出した。
剣心もすぐ後を追おうとしたのだが、栗木の声に引き止められた。



「どうした?」
「いや、薫殿がご子息を見かけたと      
「は?良助ならここにいるが?」



驚いて見てみると栗木の言うとおり、父親の影に隠れて良助がこちらを見ている。
だが、先ほどまで着ていた半纏が無い。
「おい良助。お前、母ちゃんに着せてもらった半纏はどうした?」
同じことに栗木も気付いたのだろう。
やや咎めるような口調で問うと、
「あ、暑くなったから脱いで・・・向こうに置いてきちゃった・・・」
口の中でもごもご言いながら、良助はその小さな体を更に縮こませた。
恐らく脱ぎ捨てた半纏を見て、良助がまだその場にいると薫が早合点したのだろう。
「お嬢さん、息子はこっちに       
薫のいる方向に向かって栗木が声を張り上げたその時。










ずずん、と大きな音が腹の底に響いたと思うと、先ほどとは比べものにならないほどの揺れが剣心達を襲った。










「お侍さん、突っ立っていたら危ねえぞ!!」
叫びながらも栗木は息子をしっかり抱え込み、その場にしゃがみこんだ。
だが、剣心の耳に聞こえたのは己よりも大切な少女の悲鳴。



「きゃああ!?」
「薫殿ッ」



剣心は迷わず地を蹴り、薫のもとに走った。
同時に鈍い地響きが聞こえ、剣心が山の頂上に視線を向けるとそこから大量の土砂が流れ落ちてくるところであった。

昨夜の雨でただでさえ地盤が緩くなっているところへ、今の振動で耐え切れずに山崩れが起きたのか。

薫も流れ落ちる土砂を認めたが、足がすくんだのか、その場から動けない。
急な斜面で更に速度を上げた土砂より先に薫のもとに駆けつけるのは、神速の脚力をもってしても不可能だった。
剣心は逆刃刀の鯉口を切った。










「飛天御剣流、土龍閃ッ!」










疾走しながら斬撃を地面に叩き込むと、その衝撃で無数の石礫(つぶて)が土砂に躍りかかった。
しかし、荒れ狂う土砂に石礫が呆気なく飲み込まれていく。
勢いが弱まったのは本当に一瞬のこと。
だが、剣心にとってはその刹那の時間があれば十分であった。

「薫殿!!!」

薫の体に剣心の手が伸びる。
渾身の力を込めて彼女の体を突き飛ばし、そのまま剣心の体も同じ方向に飛んだ。



「お侍さんッ!!」



栗木の悲痛な声は土砂に紛れてかき消された。






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話の中に山菜の話が出てきますが、ひとまずσ(・_・ )にとって身近なものを取り上げてみました・・・と言っても、剣心のように山菜採りに行ったわけではありません。
大体両親が山で採ってきたものを食べるというパターンなので、「コレはなんていう山菜?」と聞かれても的確にお答えできない可能性がございます;
σ(^^)は「食べる」専門なので←おい

ウド、タラの芽、コシアブラは天麩羅がポピュラー。
ウドに関しては味噌酢和えもありますが、ちょっと苦手・・・
あとはギョウジャニンニク(ギョウザニンニクではないですよ〜)ですか。
ギョウジャニンニクはその名の通り、ちょいと臭いがキツイので今回は登場させませんでした。

ワラビは作中にあるように味噌汁の具材、又は茹でて醤油と鰹節で和えるだけ。マヨネーズもいけます。
コゴミは剣心が説明したように和え物、おひたしがオーソドックスですね。

・・・緊迫したラストだったので言い訳あとがきだけはほのぼのと。