「剣心、何か分かったのか」

いつの間にやら左之助が近くに来ていた。
「田原は捕まえたのか?それとさっきの嬢ちゃんの様子と何か関係があるんじゃ・・・」
「田原は先ほど息を引き取った。彼は犯人ではないでござるよ」
左之助の顔を見ずに、剣心は付け加えた。










「この一連の事件の犯人は、篠崎中将でござる」










我が行く道は <5>










数秒の間、無言で剣心の横顔を見つめていたが、やがてその言葉の意味を理解した左之助は早口にまくし立てた。
「はあ?何言ってんだ、剣心。大体、この二つの事件は奥村と野口っていう奴らだろ。目撃者もいるしよ」
「確かに、直接手を下したのはその二人だ。だが、それはある人物によって操られていたせいでござる。そして、そうさせるように仕向けたのは篠崎」



左之助は剣心の話を聞いてぽかんとしていたが、やがて自分の頭を乱暴にかきむしった。



「ちきしょう、頭がこんがらがってきやがった。おい、もうちょっと分かるように話せよ」
「先ほど、田原と会って話を聞いたのでござるが、野口は篠崎と面識があったそうだ」




















田原の話はこうだった。
篠崎と田原の通う剣術道場の師範は知り合いだったらしく、篠崎もよく道場に顔を見せた。
そして野口を始め、この国のあり方について考えを持つ者達とよく話をしていた。



田原もその輪の中に入っていたが、野口の熱の入れ込みようは彼から見て、少し異常だったらしい。



稽古時間以外でも、篠崎と二人で熱心に話し込むことが多くなった。
そのうちに稽古中でも篠崎に教えを乞うようになり、さすがにこれ以上深入りするなと野口に忠告をしたが、彼は焦点の合っていない目で田原を見、
「大丈夫です、僕は自分の信念を守るだけですから」
とだけ言って、それっきり道場に来なくなった。
そして、あの通り魔事件の犯人として凄惨な最期を遂げたが、田原にはどうしても信じられなかった。










野口はあんな惨(むご)いことができる男ではない。










剣の腕は確かだったが、それ以上に心根の優しい少年だった。
そんな野口の一面を知る田原は真相を探り始める。
野口の様子がおかしくなったのは篠崎中将が来てからだ。
調べてみると、篠崎が所属している陸軍省でも似たような事件が起きたことを知る。
そして、そこにも篠崎中将の姿があった。

おかしい。これは何かある。

そう睨んだ田原は、野口の喪が明けるのを待たず、篠崎が配属されたという町へ赴いた。
真っ向から問い詰めても、本当のことを話すとは思えない。










だが、必ず吐かせてやる       









この時、時間をかけてでも手がかりを探し、真相を見つけるという考えは浮かばなかった。
実の弟のように思っていた野口をあんな形で亡くし、自分も焦っていたのだ、と田原は振り返る。

実力行使でいこうにも、篠崎相手に田原の実力では到底敵うまい。
ならば、汚いといわれようが、視界のきかぬ闇の中で背後から襲い、身動きが取れなくなったところで話を聞く。

しかし、視界がきかぬのは自分も同じ。
篠崎を尾行し、一人になったところを背後から斬りつけたが全くの別人であり、気付いてみるといつの間にやら自分が第三の惨劇の犯人に決め付けられていた。




















「ちょっと待て。それじゃ何かい、この町で斬られた男共は篠崎と間違えられていたってことか」
左之助の紡いだ言葉は、疑問とも意見ともとれる。
「ああ。暗闇で背後から襲うとなると、本人も誰を斬っているか判別できぬ。それに、お主も言っていたでござろう?商家の子息が襲われたとき、背中を向けた洋装姿の彼と篠崎中将の見分けがつかなかったと」



この町で今までと同じように屈強な男が狙われたのは、篠崎が狙いだったからだ。



「どのようなからくりを使ったのかまでは分からぬが、この一連の事件の犯人達は篠崎に操られ、自分の意思とは関係なくその手を血に染めたのでござろう」
「じゃあ、嬢ちゃんがおかしくなったのは篠崎のおっさんが       !」
ここまで言って、思い出したかのように左之助は言葉を切る。










「剣心、嬢ちゃんがおかしくなる直前に、あのおっさんここに来たぜ」
「!」










左之助の言葉に、剣心の顔色が変わった。
「その時に気休めだとか言って、嬢ちゃんに刀を手渡してすぐ帰ったが       
となると、薫は篠崎と共にいる可能性が高い。
ざわり、と剣心の血液が体中に駆け巡る。
焦る心を何とか押し留め、冷静に今の状況を分析しようとする。

薫が道場を出てからさほど時間は経っていないはず。
ふと考えをめぐらすと、道場に戻る途中で見かけたこの時間帯には不似合いな馬車を思い出した。



       あれか。



剣心はりぼんを懐に入れ、立ち上がった。
「左之、拙者は薫殿の行方を追う。お主は事の次第を署長殿に伝えてくれんか」
「・・・って、嬢ちゃんの居場所がどこか分かるのかよ!」
「拙者の考えが正しければ、薫殿を見つけられるでござるよ」










否、見つけてみせる。
懐に入れたりぼんを着物の上から握り締め、剣心は再び闇夜にその身を投じた。




















馬車の轍(わだち)の跡を辿ると、剣心にとって見慣れた風景が目に飛び込んだ。

「鎮守の森、か」

かつて鵜堂刃衛という男が人斬り抜刀斎との死闘を望み、そのための贄(にえ)として薫が剣心の目の前で攫われる、ということがあった。
そして刃衛が戦いの場として指定してきたのが、今剣心が足を踏み入れている鎮守の森。
あの時も、薫のりぼんを懐に忍ばせ戦いに望んだ。










似ているでござるな、あの時と       










剣心は軽く既視感を感じたが、それを振り払い、森の奥へと足を進める。
森の中心地に着くと、周りにある大木に身をもたせることなく、軍人らしく直立不動の姿勢を保って剣心を迎える人物がいた。
篠崎は剣心の姿を認めても、特に動じる様子は無い。
まるで、この場に剣心が来ることを予想していたかのようだ。



「田原に私のことを聞いたのかね」
       田原を斬ったのはお主か」
「田原を逃がしてしまった時、貴殿と出会うだろうと思ったよ。全く、中途半端な強さを持った奴ほどしぶとくて困る」

話の内容とは裏腹に、のんびりとした口調で篠崎が続ける。

「野口の死を不審に思って色々かぎまわっていたようだが、やり方が利口ではなかったな。私を闇討ちしようと考えていたらしく、身の回りをうろうろされてね。私としても彼が邪魔だったから警官殺しの汚名を着せて斬ったんだ」
「では、警官を殺したのもお主か」
「田原は、斬りかかりはしたが誰も殺していない。今までの事件と結びつけるにはやはり死人が出ないといかんだろう」










剣心の目の前にいる人物は平然と言ってのける。
初めて神谷道場を訪れた時の篠崎と、今この場にいる篠崎とでは、身に纏う空気がまるで違っていた。











「薫殿はどこだ」
いつでも抜刀できるよう、柄から手を離さぬまま剣心が問うた。
「心配せずとも、すぐに会わせる。おっと、そんな怖い目で睨まんでくれ。私は彼女に傷一つつけていない」
「薫殿に何か不思議な術をかけたのではないか?奥村や野口と同じような」
「不思議な術か       まあ、妖術と言われないだけマシか」

にやりと篠崎の口角が上がる。

「せめて暗示術、と言ってほしいところだが」
「奥村栄吉、野口眞一郎にも同様の術をかけ、人殺しを教唆(きょうさ)した・・・・一体なぜこんな真似を」
「人殺しではない、すべてはこの国の未来のためだ」



その言葉に眉をひそめた剣心を見ながら、篠崎は言葉を重ねた。



「私はね、緋村君。自分の息子のようにこの国を愛しているんだ。幕末の動乱の折、わが子を守るかのように必死で戦ってきた。だが、どうだ。今の世の中は腐っている」
「生まれたばかりの赤子に完璧を求めてはならない。今の明治政府を自分の息子同様に思うのならば、ゆっくり時間をかけて見守るのが親としての務めでござろう」
「だが、私にはその成長を見守る時間が無いッ!」
そう叫ぶと、篠崎は素早くボタンを外し、着ている上着を剥ぎ取った。











鍛えぬかれたその体には今まで数々の修羅場をくぐり抜けてきた証が刻まれていた。
だが、上肢の大半の皮膚がただれており、それは頚部にも侵食し始めていた。










「昔受けた傷から細菌が入ってね。医者の話だともってあと一年の命らしい」
目を背けたくなるような醜いただれから視線を外すことなく、剣心は篠崎と向き合っている。
「同情などいらん。だが、自分の死期を知った今、一番心残りなのはこの国の行く末だ。この国にとって貴重なはずの人材は反核分子によってこの世から抹殺されてしまう。もし彼らが生きていれば、今の政府ももう少しマシだったはずだ」



この国の歴史を紐解いてみると、生きてさえいればこの国にとって偉大な実績を残したであろう人物が何人もいる。
それについては剣心も同じ意見を持ったが、それは口に出さず、代わりの言葉を篠崎に告げる。



「志半ばで倒れた者は確かに無念だったろうが、死んだ者はもう帰っては来ない。彼らの遺した志は残された者が受け継ぐ。それが自然の摂理でござるよ」
「そう、確かにその通りだ。しかし、これから先もそういった偉大な実績を残せる人物が現れる。そしてその人物も弱いがゆえに何者かに殺されてしまうかもしれない。私は、その矛盾した現実を変えたいのだ」
「・・・お主の言いたいことは分かった。だが、それと今回の惨劇は関係ないのではござらんか」

繰り返される問答を静かに打ち切ろうとしたが、そんな剣心を篠崎は鼻で笑う。

「やはり分かっていないな。私が何も考えず、ただ人を操っていたとでも?私が愛国心の強い青年ばかり選んで暗示術をかけたのは何のためだか分かるか?」
そう言いながら、篠崎は地面に落ちた自分の上着を手に取り、再び羽織った。










「いつの時代でも、弱い者はすぐに死んでしまう。中にはこれから必要となる人材が大勢いたのに、精神力は決して倒れぬ強靭(きょうじん)なものであっても、力がないばかりに呆気なく死んでしまう」

そして、いやにゆっくりとした動作で一つ一つボタンを留めていく。










「敵に立ち向かい、勝って生きるにはやはり絶対的な強さが必要なのだ。精神力と共に肉体的な強さが       だから、自分の中に確固とした信念を持っている人間を選んで強さを与えたのだ」
篠崎の言わんとすることに気付き、その狂気じみた思想に血の気が引いた。



「まさか・・・絶対的な強さを持つ人間を彼らの意思とは関係なく創り出そうとしているのか!?そんなことは間違っているッ」



それは人間が踏み入れてはならない領域。
あまりにも非現実的な事実に愕然とする剣心に向かって、篠崎は誇らしげに言葉を紡いだ。











「すべてはこの国の未来のため」










篠崎は己の理想を叶えるために未来ある若者を犠牲にしたのか。
それは狂気に近い、己の自己満足のために行われた残酷な実験。










剣心の瞳が怒りと驚愕のため見開かれた。
それをちらりと見やって、篠崎は実験結果を読み上げるように感情のこもらない声で話し始める。
「奥村も野口も、愛国心はまあ強いほうではあったが、精神のほうはいまひとつだったな。私の暗示術によって飛躍的に能力は上がったが、精神が弱かったせいか自分が人を殺したという事実に気付くと半狂乱になったよ。奥村の場合はそうなる前に私が斬ったがね」
「屈強な男ばかり狙わせたのは、向上した身体能力を確認するためか・・・・!」

ぎ、と己の拳を握り締める。
今にも爆発しそうな怒りを抑えるため、皮膚が破れてもおかしくないほど力を込めていた。

「私はね、緋村君。この国から優秀な人材が消えていくのを黙ってみていられんのだ。君は政府が成長するにはまだまだ時間が必要と言ったが、その成長過程で彼らが無事でいるとは限らない。だから、私はそうならぬように手助けをしただけだよ」
「だがそのせいで多くの人が死に、前途ある若者に人殺しの罪をなすりつけ、死に追いやった!」
「しかし、そのおかげで研究成果は著しく向上した。それを考えれば彼らとてこの国のために死ねたことを誇りに思うだろう」
恍惚とした表情を浮かべ、さも当たり前のように語る篠崎の話にこれ以上耳を傾けたいとは思わなかった。










「・・・・狂っている・・・」










「ん?何か言ったかね」
篠崎が聞き返すと、剣心は目にも留まらぬ速さで抜刀し、目の前の標的に向かっていった。
しかし篠崎も陸軍省きっての剣の使い手。
剣心が向かってくると同時に、自分も抜刀して応戦する。



ギンッ!



神速の剣に篠崎は回避不能と判断し、剣心の刀を正面から受け止めた。
「罪の無い若者を己の狂気に巻き込むなど・・・お主の考えは間違っているッ」
気合を入れて篠崎の刀を薙ぎ払うと、巨大な体躯が後ろに倒れこんだ。

「その狂った理想は、警察で好きなだけ演説するといい。だが、拙者の聞きたいのはお主の反吐(へど)が出るような思想論ではござらん」

そののどもとに逆刃刀を突きつけ動きを封じると、剣心は今一番聞きたい質問を篠崎に投げつけた。



「薫殿はどこにいる」







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事件の真相編・・・って、犯人丸分かりやんッ( ̄□ ̄;)!!
たぶん、前回辺りから「犯人?あー、もうバレバレだから〜」なんて思った方もいらっしゃるんだろうな・・・
結構今までにも伏線張っていたし。

もうちょっと登場人物増やしたり、話を加えればそれなりに推理小説っぽくなったんでしょうが、そうすると今以上に長くなるし、ケンカオサイトなのに「剣心と薫は?」なんて言われそうだし。
なので、推理小説スキーな方にはちょっと・・・いや、かなり物足りなかったことかと(^^A;アセアセ

次回、一応アクションシーン入ります。
それによってシンクロするシーンが出てきますので、皆様手拍子のご用意を!

♪シンクロ(ちゃちゃちゃ) シンクロ(ちゃちゃちゃ)♪

あ、プールは出てきません(笑)