例えばこんな贈り物   【前編】



師走。

法師も走るほど忙しいというが、走り回るのは法師だけではないらしい。
12月も半ばを過ぎればやれ年末の掃除だの、やれ正月の準備だのとどこもかしこも慌(あわただ)しい空気に包まれている。



それでも夜になれば人は皆、それぞれの家で心静かに過ごす。



剣心もまた最後にのんびりと湯に浸かった後、体が冷えぬうちにと足早に部屋に向かっていた。
ふと、居間に灯りが灯っているのが見えた。
剣心より先に湯を浴びた薫は既に部屋にいるものと思ったが、どうやら居間で何かしている様子だ。

「薫殿?まだ休まないのでござるか?」

一声かけて障子を開けると、
「ううん、もう寝ようと思っていたところ」
にこりと笑い返しながら、薫は卓の上に広げてあったものをばさばさと音を立てて脇にどけた。
その慌てぶりに眉をひそめたが、閉じられた雑記帳を見て、ああ、と頷いた。
「家計簿をつけていたのでござるな」
珊瑚色の雑記帳は薫が家計簿をつけるときにいつも使っているものだ。
剣心の視線が雑記帳に向けられていることに気付き、
「う、うんそう!でも終わったから!ほら、早く寝ないと剣心湯冷めしちゃうわよ」
先に入浴を済ませた薫の方が湯冷めしていそうな感じだが、それよりもいつもより声が高くなったことのほうが気になった。
そんな彼女の様子と今しがた広げられていた雑記帳に、ふと一つの考えが頭に浮かんだ。










「・・・・・もしかして・・・生活が苦しいとか?」










薫の動きが止まった。
そのまま言葉を忘れてしまったかのような薫に、剣心は自分の考えが間違っていないと確信した。
「薫殿に買い物を頼むと本当に必要な量しか買ってこないのはそういう理由だったのでござるな。拙者はてっきり弥彦が出て行ったから量を少なくしたのかと思ったのだが・・・・・もしや、最近出稽古の回数が増えたのもそういう理由からでござるか!?」
「え、いや、確かにウチは貧乏だけど節約しているのは別に弥彦が出て行ったからじゃなくて」
「そうでござるか、薫殿は薫殿なりに節約していたのでござるなぁ・・・」
薫の言葉などまるで聞いておらず、剣心は腕組をして考え込む。
そしてやおら顔を上げると、何か言いたげにしている薫の肩をがっと掴み、



「すまぬ、薫殿。家事全般を任されている拙者が気付かねばならぬのに・・・何たる不覚ッ」
「け、剣心?」



びっくりしている薫をよそに、剣心は滔々(とうとう)と己の決意を語った。
「何も言わずともよいのでござるよ。確かに、年の瀬は色々と物入りでござるからして、薫殿が頭を抱えるのも無理はない」
「いや、だからね・・・」
「もうかようなことで薫殿を悩ませることなどさせぬよ」
薫が口を挟んでも剣心は一人気合をいれ「そうと決まれば明日から気を引き締めねばッ」とさっさと居間を出て行ってしまった。

「ちょちょちょ、剣心!?」

残された薫は、といえば最後まで剣心に何か伝えようと手を伸ばしたが、その声は彼の耳には届かなかったようだ。
悠々と去っていく剣心の足音を聞きながら、伸ばした手が力なく落ちる。
「・・・・完全に誤解されちゃった。ま、本当のことを知られるよりいいけど」
ちら、と卓に視線を移すとそこには金銭の入った封筒がいくつか置かれていた。
一つは食費、一つは雑貨代、と用途に合わせて分けたのだ。
「でも困ったわね。これで剣心の代わりに買い物に行くことは出来なくなっちゃった」



その中にある比較的真新しい封筒を手にして、中を覗き込む。
この中にもいくばくかの金が入っているのだが、中に入っている金額を見て薫の表情が苦くなる。



「これじゃとてもじゃないけど買えないわ」
薫の脳裏に反物問屋で見かけた厚手の布が浮かぶ。
深い常盤色のそれは手触りもよく、布地もしっかりしている。
本格的な冬を迎えた今日この頃、これなら寒さから身を守ってくれることだろう。
このとき、薫が思い描いた人物はただ一人。










考えてみれば剣心の着物ってほとんどお父さんのものを仕立て直していたのよね。










言い換えれば着の身着のままで流れてきた剣心の持ち物は限られている。

だからこそ、彼のものを作りたかった。
剣心の体に合わせた剣心だけの着物を。

ただ、反物を買うには今までこつこつ貯めてきたお金だけでは足りない。
そこで剣心の代わりに買い物に出たときには最低限必要なものしか買わず、お金が余るようにしていた。
それを更に値切って店主から「勘弁してよ、薫ちゃん」と困惑顔で言われ、顔から火が出るような思いをしながら必死に貯めてきたお金だ。
「・・・・でも、買えるくらいのお金が貯まる頃にはもう誰かに買われているか季節が変わっているわね」
はぁ、とため息を吐き出し、恨めしげに真新しい封筒を見つめていた。



見ているだけでお金が増えるわけでもない。
今まで努力してきたことは全てが水泡に帰したのだ。



もう一度、盛大なため息を吐き出そうとして     何かに気付いたかのように呼吸を止めた。
そのまま細く息を吐き出している中、とある男性に声を掛けられた数日前のことを思い出した。















       あなたの髪をいただけませんか?









ほぼ白くなった髪で彼の年齢を推し量ることが出来た。
面(おもて)にもいくつか皺が走っているが、腰は曲がっておらず矍鑠(かくしゃく)としている。
あまり日に焼けていないところを見ると、日中は屋内に籠もって仕事をしているのかもしれない。
肉体労働など似合わない白い肌で華奢な老人は、戸惑う薫に更に言った。

「ああ、失礼しました。私は人形師でして」

目尻を下げると人の良さそうな笑みに変わった。
彼は浄瑠璃で使う人形を作っている職人で、今も新しい人形に取り掛かっているところだという。
自分の身分や今住んでいる場所、共に暮らす一座のことなど薫の警戒心を少しでも和(やわ)らげようと事細かに語ってくれるところに好感が持てた。



だからと言って「はいどうぞ」と髪を差し出せるほど薫はお人よしではない。



「あなたのような黒髪を探していたんです。私の作る人形の雰囲気にぴったりだ」
大切な髪を頂くのだからもちろんそれ相応の御礼はする、とかなりの額を提示してくれたのだが、髪は女の命だ。
いくらお金を積まれても売ることは出来ないことをきっぱり言ったのだが、彼も諦めずに、
「気が変わったらいらしてください」
それで終わったと思ったのだが、今になって彼のことを思い出した。



     あれだけのお金があれば反物を買ってもお釣りが来るわね。



ふっとそんな考えが頭をよぎり、慌てて思い直す。
「何考えてるのよ!それで新しい着物を仕立てたって剣心は喜ばないわ」
だが、落ち着いた常盤色は剣心の赤毛と相まって、さぞかし映えることだろう。
仕立てた着物を身に纏う剣心の姿を想像するとまだ諦めきれない。
床についても頭から離れず、夜が明けて稽古中でも食事中でもどうしても常盤色の反物のことを考えてしまう。
そして何をしても心ここにあらずな薫に、余程家計が逼迫(ひっぱく)しているのかと別の心配で頭を悩ます剣心のことを気に留める者は誰もいなかった・・・・・・





















それからというもの、何か他の方法はないものかと試行錯誤する日々が続いた。
だが、短期間で大金を稼ぐ方法は思いつかない。
というかそんな方法があればとっくに実行している。
今日もいい考えが思い浮かばず、出稽古を終え帰宅した。



「ただいま」



玄関で草履を脱いで家の中に上がると、薫の片眉が不審そうに上がった。
普段なら玄関を開けた時点で剣心が出迎えてくれるのに、今日はそれがない。

裏にいるのかしら、などと考えていると一度閉めたはずの玄関が開いた。

そしてそこから入ってきたのは家で留守番をしていたはずの剣心だったので、薫は目を丸くした。
だが、剣心はそれ以上に驚きを隠せないようだった。



「か、薫殿!?今日は出稽古で遅くなるはずでは?」
「え?ああ、そうなんだけど意外と早く終わったから・・・」



ややうろたえているような剣心に、薫もまた困惑する。
そうでござるか、と目を合わさぬまま家に上がると、彼はそのまま奥に向かう。
剣心の姿が見えなくなる前に、薫は素朴な疑問をぶつけた。
「剣心こそ、留守番していたんじゃないの?それとも何か買い忘れたものでもあったの?」
ぴたりと剣心の足が止まるが、
「買い忘れというか何と言うか・・・まぁ、そのようなものでござるよ」
と意味不明な台詞を残してその場から去って言った。










「買い忘れって・・・剣心、何も持っていなかったじゃない」










剣心の不可解な行動に、薫の疑問はますます深まる。
何かあったのかと聞いても彼の性格上、正直に答えてくれるとは思わない。
彼もまた薫の疑惑を感じ取ったのか、
「世界中に飛び散った七つの玉を全て集めたとき、願いを叶える神龍の話を聞いたことはござらんか?」
「雨降りのときにずぶ濡れお化けがいたら、傘をさしてやると木の実をくれるそうでござるよ」
などと普段寡黙な剣心がどうでもいいような話題を振ってくる。



・・・・・・・明らかに怪しい。



やはり彼は何か隠しているのだ。
薫にばれると困る何かを。

「剣心」

普通に声をかけたつもりなのだが、剣心の瞳が僅かに緊張したのを薫は見逃さなかった。
「何でござるか、薫殿」
「あのね、明日は出稽古もないし予定もないでしょ?久しぶりに妙さんのところに行ってこようかと思うんだけど・・・」
「そうでござるか、妙殿と」
何か思案するような剣心に用事でもあったのかと思い、
「ごめんね、急に。でも何かあるなら私は家にいるけど」
「いやいや、全く問題ござらん!折角の休みでござるし、妙殿とゆっくりしてくるといい」
薫の言葉を遮る剣心の表情は心なしほっとしているように見える。










薫の疑惑が確信に変わった瞬間だった。










しかしそれはおくびにも出さず、
「うん、そうするわ。じゃあ明日はお昼前には出ようかしら?」
「ああ、それがいい」
そして薫は言葉どおり、翌日昼前に家を出た。
実際には家を出ただけで、少し離れた所から様子を窺っていた。



もしかしたら剣心が私に知られたくない『何か』のために出かけるかもしれない。



果たして薫の読みどおり、それから数分もしないうちに剣心が出てくるのを認めた。






後編    小説置場



イベントネタは難しい・・・
それが特に西洋のイベントだと余計に。
そもそも、明治時代でそんなイベントは日本に入ってませんしねぇ。
だからまぁ、るろでは現代版でないかぎり無理だろう、と思っていたクリスマスネタ。

・・・・書かないはずだったんだけど、書いちゃいました(゚∀゚)

元ネタはオー・ヘンリー作「賢者のおくりもの」。
いつぞや「これをケンカオに変換したら剣心が逆刃刀を売って、薫が髪を切るのか!?」という妄想が浮かんだことがありました。
でも現実問題、剣心が逆刃刀を売るなんて無理・・・というか売ったらイカンでしょう(笑)
大体海外作品を日本、しかも明治時代で書くこと自体難しいんじゃーーーー!!←逆ギレ

ちなみに剣心のどうでもいいような話題は某少年漫画とジ●リから拝借(笑)